第402回 「ロマンチック・ヘブン」のチャン・ジン監督に聞く
多くの監督に脚本を提供するだけでなく、自らもメガホンをとる売れっ子のチャン・ジン監督。「真!韓国映画祭」のプレミア試写でファンにあいさつするため来日した同監督に聞いた。
今回の映画祭にかかっている「ロマンチック・ヘブン」は、もう一度あの人に会いたいという切実な思いを知ったある若者が天国で彼らの夢を実現させようと決意し地上に舞い戻るという一種のおとぎ話だ。
開くはずのない天国の門を若い男の情にほだされて開いてしまったのはもちろん神様。演じたのは同監督の「グッドモーニング・プレジデント」で大統領を演じたイ・スンジェ。「よくぞ選んでくれた」と喜んだのでは。それとも「その器ではない」と謙遜しましたか?
「彼曰く『大統領の次ぎは神様をやらせてくれるんですか』って」(笑)
幸せな俳優だ。このような高貴な役を連続して演じられる俳優は世界でもそうはいないのではないか。
「あれぐらい年齢を重ねられている俳優さんが韓国では少ないので、たとえば王様の役だとキャスティングの際に1、2番に候補にあがる方です」
事実、現在NHKで放送中の韓国宮廷時代劇「イ・サン」の王様(英祖)を演じたばかり。押し出しの良さと温厚な人柄も決め手になったのだろう。
主人公はタクシーの運転手トン・ジウク(キム・ドンウク)。奇妙な予言をするお年寄りの女性を乗せて車を走らせる中、彼女の言葉に気を取られ事故にあう。即死のジウクが行った天国は心地良い風に乗って美しい音楽が流れる文字通りの楽園だ。
構想から制作まで時間がかかったのも、まさにこの楽園をどう表現し観客に納得してもらうか決断するのに時間がかかったからという。
「最初に脚本を書いた時、美術とか視覚効果に巨額の費用がかかることは分かっていましたが、そのお金を確保する目途がたたなかったのです。一度計画を凍結し2、3年考えました。そして、どうしてもやりたかった企画なので、視覚効果の多くを諦め予算を半分にしました。ですから映像的にはややさびしいものになってしまいました。その代わり会議をたくさん開き頭もたくさん使いました」(笑)
中身がなくても3Dにしたり視覚効果に走る時代に、あえて計画を縮小するという選択をした勇気を評価したい。
物語は3つのお話が個別に展開し、ジウクが天国から戻ってくる後半、一気に動き出す。たとえもう一度会いたくても絶対会うことはできない人たち。しかし切実な思いが奇蹟を生む。愛する妻に先立たれた弁護士のソン・ミンギュ(キム・スロ)、がんで闘病中の母の最後の望みを探しに出るミミ(キム・ジウォン)、祖父の初恋の人に出会うジウク。神様の決断の時が近づく。
ファンタジーといっても、チャン・ジン流の笑いどころは満載だ。これだけのものをすべて事前に脚本に織り込むのだろうか、それともアドリブも多い?
「ロケの現場で別の選択をするということはまずないです。その代わりリハーサルに1カ月以上かけます。俳優のアドリブとか、瞬間的に浮かんでくる発想というものはなるべくリハーサルの場でやって検証し、すべてを固めたうえでロケに行きます。韓国の今の映画制作事情ではこんなに長いリハーサルは難しい。でも僕と一緒に仕事をする俳優さんはそのスタイルに慣れています。僕自身人見知りをするタイプなので8:2ぐらいの割合で知っている俳優さんを起用します。その方がやりやすいんですよ」
監督は今回の作品を「私の遺書のような映画」と話す。どのような意味なのか。
「すべての人に対して遺書を書いたというわけではなく、家族に対する遺書という風に考えてください。僕は死んだら天国でこうやって暮らしているから、あなたたちも適当にこの世で生きて、またあの世で会いましょうと、そういう意味です」
監督の天国観は大らかでいい。
「実際に天国に行った人はいませんから、それは違うよと反論する人はいません。でも自分の中ではそれが事実なんです」
なるほどこういう遺書もありだなと思うのと同時に、早々に家族へメッセージを送ることができてうらやましくもある。ところが監督はあっさりこう言う。「“遺書”を書いたこと、家族みんな忘れているみたいですよ」(笑)
続編を期待していると向けると、「投資してくれるところを探してください」と笑わせる。ただしこうも付け加える。「作家としては脚本を書くことはできますが、あえて映画にする必要はないでしょう」
そうなると気になる次回作。
「考えた作品はたくさんあります。すでに書き終えた脚本もいくつか。そのうちの1本は夏から撮影に入ります。ジャンルはノワールで僕の作品では初めてR指定(年齢制限等級)が入ります。アクション映画と言えるぐらいアクションが多い作品です。作る前から言うのは差し控えた方がいいのかもしれませんが、ちょっといいものが出来上がるのではないかと思います。笑いが少しあって涙もたくさん。新しいタイプのアクションがふんだんにあり、新しい撮影方法が導入されている。そういった映画になります」
“笑いの手品師”の新たなチャレンジである。
「ロマンチック・ヘブン」など日本未公開の13作品を集めた「真!韓国映画祭」は新宿K’s
cinemaで6月15日まで、その後、名古屋、大阪ほか順次開催【紀平重成】
【関連リンク】
「真!韓国映画祭」の公式サイト
http://blog.livedoor.jp/kinoeye/