第406回 快作、怪作?「さらば復讐の狼たちよ」

「さらば復讐の狼たちよ」の一場面 (C) 2010 EMPEROR MOTION PICTURE (INTERNATIONAL) LTD. BEIJING BUYILEHU FILM AND CULTURE LTD. ALL RIGHTS RESERVED.(以下同じ)
快作である。中国人にはなじみの深い辛亥革命後の混乱期を舞台に、銃と馬による列車強盗というほとんど西部劇のノリで始まるエンターテインメント作品。しかも描かれている町の権力闘争には役人の腐敗や革命騒ぎなどこの百年の中国近現代史への風刺がタップリと盛り込まれている。リピーター続出で中国国内の興行記録を大幅に塗り替えた本作品は、当局の審査をもかいくぐった価値ある“怪作”と言えるだろう。

町を支配するホアン(チョウ・ユンファ)はチャンらの挑戦に抵抗する
「映画監督ならだれしも一度は西部劇を作りたいに違いない」。そう思わせるのが導入部分のテンポのよい、作る楽しさにあふれているシーンである。
1920年代のある日、県知事のマー(グォ・ヨウ)が妻(カリーナ・ラウ)を連れて中国南方にある赴任先の鵝城に向かう途中、一行の乗った馬列車に指名手配中の“アバタのチャン”(チアン・ウェン)ら山賊7人組が襲い掛かる。

雌雄を決する時が次第に近づいてくる
助かったマーは命を守るため、県知事になれば金もうけができるとチャンに持ちかける。書記になりすましたマーを従えチャンは独裁者、ホアン(チョウ・ユンファ)が支配する鵝城に乗り込み、町民を巻き込む熾烈(しれつ)な戦いに挑む。
もうこれだけでワクワクする展開だが、西部劇テイストの作品としてすぐ思い起こすのはキム・ジウン監督の「グッド・バッド・ウィアード」だ。こちらは1930年代の満州(中国東北地方)が舞台。日本の軍人が持つ正体不明の地図をめぐり、チョン・ウソン、イ・ビョンホン、ソン・ガンホという韓国を代表するトップスター演じる盗賊や賞金稼ぎの3人が争う展開だ。
少々古いが中国には何平(フー・ピン)監督の「双旗鎮刀客」(90年)という傑作もある。日本でも三池崇史監督が「スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ」を作っており、アジア映画における最新西部劇の系譜とでもいう流れが徐々に現れ始めたのかもしれない。

決着はついても堂々としているであろう両雄(ホアン=チョウ・ユンファ=左とチャン=チアン・ウェン)は何を語る?
ただ主演も兼ねたチアン・ウェン監督の「さらば復讐の狼たちよ」(原題「譲子弾飛」)がほかの作品と大きく異なっているのは、派手な撃ち合いや騙し合いという西部劇本来の醍醐味は生かしつつも、主人公たちが繰り出す早口のセリフの中にユーモアを交えたり、中国の歴史に詳しい人ならすぐ思い当たる項羽と劉邦による天下分け目の「鴻門の宴」を彷彿(ほうふつ)とさせるシーンを織り込んだりと、監督の観客サービスが徹底していることだろう。
中でも毛沢東や革命を連想させるセリフやシーンがあちこちに散りばめられている(ように見える)ところは、作品全体を貫く大事なメッセージであり、物語の節目にもなっていることから、一瞬たりと目をそらすわけにはいかない。
本来はあれこれ例示して紹介したいところだが、ネタバレになりそうなので、未見の方には作品自体を見ていただくかプログラムの解説を読まれるようお勧めするとして、ここでは最初の場面の馬列車についてだけご紹介しよう。
プログラムによれば、“馬列車”の中国語の発音は「マーリエチュ」。この発音に良く似ているのがマルクス・レーニン主義を表す“馬列主義”。つまり強盗団の襲撃で派手に宙を飛んだ馬列車と同様、中国の社会主義はすでに転覆しているという風刺と見ることができよう。
初っ端から強烈なメッセージを送りこむあたり、監督の一筋縄ではいかない姿勢が見て取れる。

財宝を町民に配る算段をする盗賊たち。左手前は書記のマー(グォ・ヨウ)
それにしても「鬼が来た!」(98年)で当局の検閲による修正指示を拒否して5年間の活動禁止処分を受けるなど早くから“札付き”だったチアン・ウェン監督の作品に当局は警戒しなかったのだろうか。
ここで思い出すのは監督の初期の出演作で彼の人気を不動のものにした謝晋(シエ・チン)監督の「芙蓉鎮」。この作品にヒロインのフー・ユイイン役で出演した劉暁慶(リウ・シャオチン)にかつて面白い話を聞いたことがある。
同作品の作られた87年はまだ文革の評価さえ完全には決まっていない時代でスタッフは描き方にも気を遣わざるを得なかった。ラストで「また政治運動が始まるぞ」と精神を病んだ男が銅鑼をたたくシーン。検閲が入り微妙にセリフを変えたが、まだ通るかどうか心配。そこで検閲官をはさんで監督とリウ・シャオチンがわざと大声をあげて男のセリフが聞こえないようにしたという。
今となっては笑い話だが、政治的に微妙なセリフやシーンにはいつも当局とスタッフとの間で“頭脳戦”が行われることは想像するに難くはない。
チアン・ウェン監督が早くから検閲逃れの現場を見ていたことと、「鬼が来た!」で当局に処分されるという苦い経験、そして今回の作品へのあきれるほどのエネルギーはすべてつながっているように思う。実際のやりとりは想像するしかないが、監督が不退転の決意で制作し、当局も認めざるを得なかったというのが真相ではないだろうか。
隠されたメッセージが話題になり、当局があわてて上映規模を縮小させようとしたとの話もあるが、そんな話題が出るのも監督の実力ゆえだと思う。
前述の「鴻門の宴」を思い起こさせる会食シーンで、チョウ・ユンファ演じるホアンとチアン・ウェン扮するチャン、さらに行司役のマー(グォ・ヨウ)の3人による丁丁発止の会話は映画的快楽に満ちていて、さすがと思わせるが、個人的には苗圃(ミャオ・プウ)が大好きで、チョイ役で出ているのがうれしい。
このほか監督夫人の周韻(チョウ・ユン)や監督の弟、姜武(チアン・ウー)、胡軍(フー・ジュン)、そして馮小剛(フォン・シャオガン)監督ら豪華な顔ぶれ。いずれも「チョイ役でも楽しいよ、この作品に出られて」と言わんばかりの表情に、この作品の成功があらかじめ約束されていたと言ってもいいだろう。
「さらば復讐の狼たちよ」は7月6日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズ他全国ロードショー【紀平重成】
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