第414回 「歌えマチグヮー」に見るアジア的路地裏の魅力
タイトルの「マチグヮー」は沖縄方言の「市場」を指す。市場はどこでもスーパーに押され青息吐息。沖縄も例外ではない。これは歌をキーワードに街を再生させた痛快な物語である。
オープニングは那覇市安里にある栄町市場恒例の屋台祭り。おばぁ3人組が人垣をかき分けラップの軽快なリズムに乗って登場する。リズムはラップでも見た目はチンドン屋風。もうこれだけで、強烈なインパクトを与える。「沖縄のおばぁ、ただものではないぞ」と。この3人組「おばぁラッパーズ」がドキュメンタリーの主人公であり進行役でもある。
メンバーを紹介しよう。看護士の新城カメ、八百屋の高良多美子、リサイクルショップの上地美佐子の3人。生まれも育ちも栄町(安里)である。栄町市場は肉屋から魚屋、酒屋、花屋、居酒屋、洋品店まで4千坪のアーケード街に120の店がひしめく。
戦前、この地には「ひめゆり学徒隊」で知られる女学校があったが、戦争で焼失し、1949(昭和24)年、跡地に公設の栄町市場が開設された。昭和30年代に市場は最盛期を迎えるものの、沖縄の本土復帰(1972年)後は大型スーパーが進出し、かつての「歩くのも大変」というほど賑わった市場は徐々に活気を失っていく。そこへ10年前、再開発計画が持ち上がった。
映画でも紹介されているが、進学や就職で本土に渡った若者が帰ってきて市場の衰退に驚く。「再開発の方がいいと思った」という若者も、昭和の香りが色濃く残る市場の価値に気づき「残さないといけない」と考えを変える。かつお節専門店の若い店主も「厳しい。この店だけではやっていけない」と言いつつ、「でも市場は残したい」と話す。
八百屋の多美子さんが言う。「何も買わないでもいいの。生きてるねぇ、と分かればいい。どんなしたらおいしい?どんなしたらおいしいよ。こういうやり取りがあるから市場なの。それがなくなったら市場はおしまいだよ」
日々の当たり前のような会話、だからこそ懐かしい思いやりあふれるやりとりが今求められているのだろう。
有志が立ち上がり、音楽をキーワードに祭りの開催やCD作りによる町おこしを計画。東京から戻って居酒屋を経営するもりと(盛仁)が、次々に声をかけCDを制作する。その中心、仲良しの女3人組が市場再生のために、およそ似合わない?(失礼)ラップを懸命に練習する姿は感動的だ。
持ち歌の一つ「栄町市場おばぁラップ」には歌声の合間に「○○○は最高やでぇー」と合いの手が入る。歌詞を考える参考にと商店を取材して回るうち、市場で売られている食品に健康食が多いと気付き、自信をもってアピールしているのだ。
気づいてみれば空き店舗が目立った市場には珈琲店や居酒屋など他県から移り住んできた人たちの店が増え始め12年6月現在、空き店舗ゼロ。再開発計画も消滅し、商店街再生の見本として全国から注目を集め、おばぁ3人組は町おこしのイベントで全国を飛び回っている。
仕掛け人の一人でもあるもりとは、97歳でお年寄りは子供に返るといわれる年齢になった祖父の誕生日会場へ行く。風車(かざぐるま)に縁どられた大きな乳母車に乗って集落を練り歩く祖父を見つめながら「前に向かって行くのが命という感じ」とつぶやく。
大勢の人から握手を求められ、カチャーシーの踊りで祝福される祖父の姿に、市場の再生を重ね合わせているのだろうか。
再び屋台祭り。別の若者が「抜け殻になりそうだった栄町市場に魂が戻ってきた」と感想を述べる。祭りの締めはもちろんカチャーシーの乱舞。
町おこしは地域を好きになることが前提だが、ただ見ているだけでは何も変わらない。栄町市場の人々の試みは、商店街の再生に悩む人たちに一つの示唆を与えているようだ。
恒例の屋台祭りは6~10月の最終土曜日開催。おばぁたちが椅子に腰かけて話し、その横を子供たちが走り抜ける迷路のような路地。「恋する惑星」(ウォン・カーウヮイ監督)に描かれた香港と同様、沖縄に連なる台湾や、さらにその南に広がる東南アジアとも共通する空気を感じる。路地裏にこそ豊饒なアジアがある。
「歌えマチグヮー」は8月25日よりシアター・イメージフォーラムにて公開【紀平重成】
【関連リンク】
「歌えマチグヮー」の公式サイト
http://utae-machigwa.com/