第429回 「私には言いたいことがある」イン・リャン監督に聞く
ことしの東京フィルメックスは中国映画に力作がそろった。その一つ、イン・リャン監督の「私には言いたいことがある」は世界の目が集まる中国で今、何が行われているかを赤裸々に語る注目作。映画祭で来日した監督に聞いた。
作品は韓国のチョンジュ国際映画祭が出資する3作品を集めたチョンジュ・プロジェクト2012として上映。Q&Aでは、この作品を撮ったため公安当局からマークされ、滞在先の香港から大陸に戻れなくなった監督が、自身の思いをぶちまけるように熱く語っていたのが印象的。その余韻冷めやらぬ中でのインタビューとなった。
事件は2008年夏、上海出身の監督が久しぶりに帰郷する数時間前、実家のすぐ近くで発生した。ヤン・ジアという若者が警察官6人を殺害し、動機はその若者が自転車泥棒の容疑で取調べられたのを恨んだものと報道された。死刑になった彼の裁判報道が規制されたため、当局の取り調べや裁判が公正に行われなかったのではないか、との声がインターネット上に飛び交い、中国では誰しもが知る事件となった。
イン・リャン監督は、息子への面会を望む母親にスポットを当て事件を映画化した。そのわけは?
「アイ・ウェイウェイ(艾未未=美術家)が事件の経緯をなぞり、母親にインタビューした2本のドキュメンタリーを撮っていました。自分のオリジナリティを出すにはどうしたらいいか悩みましたが、自分の生い立ちも含め家族こそが最も表現したいテーマだと気付き、母親にスポットを当てました。ただ現実をそのまま撮るのではなく自分なりの視点をどう出すかが難しい作業でした。本当のことを言うと、今でもこの方法が正しかったかどうかは分かりません。今も模索しています。それでもヤン・ジアの母親に顔向けができる作品にはなったと誇りに思います。時代性も出すことができました」
母親は作品を見たのでしょうか?
「想像していたのと違うと言いました。彼女はドキュメンタリーのようになっていて、事件の経緯や証拠が扱われると思っていたのです。そこで、すでに作品を見た人の感想を伝えました。多かったのは『最も親しい家族を亡くしたお母さんに同情する』や『このような悲惨な事件がもう起こらないよう祈りたい』というものでした。それでだんだんと理解してくれました」
最初から理解とはいかなかったのですね?
「そうです(笑)。彼女が『よく理解できない』と言った時はがっかりしました。でも自分自身、ドキュメンタリーでもフィクションでもあるという難しい作品を撮った思いがあるので、彼女の反応も理解できました」
ネットでは有名な事件ですが、大陸ではどのくらいの人が見たのでしょうか?
「ほとんど見た人はいません(笑)。私は今も中国に帰ることができない状態なので、見た人は直接DVDを渡した人や、国内でインディペンデント映画祭を行おうと企画した人ぐらいです」
南京の映画祭(「中国独立影像年度展」)が中止になったと聞きましたが……。
「主催者から、この作品を上映したいと香港の私のところに連絡がありました。北京の映画祭でも上映しなかったので、難しいかもと助言しました。それでもやると言ってきたことや、当局から映画祭側に送られてきたブラックリストに私の作品が入っていなかったことなどからDVDを送りました。1週間後に『11月22日のクロージング作品として掛ける』と連絡がありました。しかし外には一切公表しなかったのに、なぜか情報が洩れて、3週間後に警察当局から上映するなと警告がありました。それでもまだ『奥さんと香港に何年も住みなさい』とか『子供を作って帰ってこなくてもいいよ』と冗談めいたやり取りでしたが、その後、映画祭そのものが直前に中止となりました。もしかすると僕の作品が少しは関係しているかもしれないし、他に理由があったのかもしれません。そこは定かではありません」
大陸に戻れる様子はないのでしょうか?
「今は帰ることができません。でも今回のような映画祭のお話があれば帰りたいという気持ちはあります。その機会を待っています。実際、南京の映画祭に掛かると聞いて、本当に香港から帰るつもりでチケットも取っていました。仮に帰って、しばらく自由がなくなっても、それは承諾できるし、その覚悟もあります。なぜなら私は映画人としてただ戻るだけなので」
精神病院に別名で閉じ込められ、息子の処刑も事前には知らされなかった母親役を演じたのはロウ・イエ作品のプロデューサーとして知られるナイ・アン。ロカルノ映画祭コンペティションで上映され、女優賞を受賞した(監督賞と2冠)。
ロウ・イエ監督は「天安門、恋人たち」 で許可を得ず海外の映画祭に出品したため5年間の表現活動禁止等の処分を受けている。そのプロデューサーが控えているので、もう安心?
「いえ、彼女が私のプロデューサーに付くことはありません。今回私に起きたいろいろな出来事は警察と公安から来ています。ロウ・イエ監督の時は映画人としてだったので、電影局から通達がきて、活動ができなくなりました。当時の状況と僕のケースは違うので、あまり力にはなってもらえそうもありません」
でも、精神的には……。
「(笑)それはもう力になってもらいます」
次回作は?
「今年に入って僕の身に突然降りかかったことを解決するのに精いっぱいだったので、次の作品のことまで考えていません。完成しかけていた脚本とか、夏に撮ろうとしていた映画の企画もありましたが、いずれも中国国内で撮るものだったので、白紙に戻りました。だからと言って海外で撮ることは今は考えていません」
「私には言いたいことがある」という題名は、母親が一度だけ息子とわずか20分の面会を許された際、それが最後だと知らされず、143日も精神病院に閉じ込められていたことを息子に説明できなかった無念の気持ちを指す。
「息子から『なぜ面会に来なかったのか』と恨めしそうな眼差しを向けられたまま別れたことが最大の心残り、という彼女の思いを題名に込めた」とQ&Aで語った監督。その思いが中国で共感される日はいつになるのだろう。【紀平重成】
【関連リンク】
「第13回東京フィルメックス」の公式サイト
http://filmex.net/2012/