第431回 上海の女を描き続ける彭小蓮監督

母の引くリヤカーに乗る快活な農民工の少年(4を除き日吉電影節提供)
「上海家族」の彭小蓮(ポン・シャオレン)監督が日吉電影節に招かれ、12月初めに来日した。上映されたのは「夏の船-Kids in Shanghai」(我堅強的小船、08年)とドキュメンタリーの「紅日風暴-胡風と毛沢東」(09年)。「夏の船」上映後のQ&Aでは「自分がよく知っているのは上海と女性。これからも同じ題材で描いて行きます」と迷わず語る姿が印象的だった。

夏休みでアメリカから遊びに来た孫に毛筆を教える祖母(秦怡)
「夏の船」は、農民工と呼ばれる出稼ぎ労働者の息子とアメリカから祖母の家に遊びに来ていた孫という異なる境遇の男の子同士が大都会上海の街角で偶然関わり合い、一夏を過ごす中で成長して行く物語。

手製の船で競技会に乗り込む少年だったが……
暮らしぶりも考え方もまったく違う二人の男の子が互いを意識し合うきっかけは、持ち主のわからない大金を農民工の息子が拾ったことからという設定が面白い。つい最近、広島市のごみ処理施設でゴミの山から1000万円を超える札束が見つかった事件を彷彿とさせる。
実はこのお金は、アメリカ在住の子供家族と離れ、住み慣れた上海で一人暮らしをしている祖母が、新しく移り住む予定の高級マンションの購入用に貯めていた大事なお金。椅子の中に隠していたのを、そうとは知らず孫が他のごみと一緒に捨ててしまったのだ。
上海は再開発ラッシュ。住宅はどんどん値上がりしており、祖母の住む地域も古くからの仲間が続々と移転を計画している。お金が見つからなければ、祖母は1人取り残されるか、いずれ立ち退きを迫られる不安におびえなければならない。

Q&Aで答える彭小蓮監督(2012年12月4日、慶応義塾大学日吉キャンパスで筆者写す)
一方、農民工の家では突然の大金に、貧しくとも睦まじい生活を送っていた家族に波風が立つ。届け出たほうがいいと言う父親と、これで家が手に入ると喜ぶ妻は大ゲンカ。少年の心も穏やかではない。どちらの家も荒波にもまれた小船のようである。
映画は正規の学校に行けない農民工の子供たちが屋外で授業を受ける風景など中国社会の格差問題と、激変する上海の姿をリアルに描く。その学校も新しいマンション建設のため立ち退きを迫られ、行政府の手で遠方ではあるが上海市民と同じ学校に行くことができるようになる様子も伝えていく。
中国が格差問題を乗り越えていく希望を持てることを描こうとしたのか?という質問に、監督は「中国では農民工の問題に誰もが理解あるとはいえません。実は取材をするまで私も実態を知りませんでした。格差を乗り越えることは難しいと思います。和諧(各層が調和する)社会を描こうとしたのではなく、上海の街がどんどん壊されていく今の時代を描こうとしたのです」と制作の動機を語り、「今の上海は好きではない。昔の上海は個性的でした。その伝統を今は感じられません。ほかの都市と大差がない」と残念がる。
「上海家族」では住宅問題や女性の自立、子連れ同士の再婚など社会の現実を描いた彭監督。会場からは「これからも上海と女性という路線で行くのか」との問いに、「よく知っている題材で撮りたいと思います。私が詳しいのは上海と女性」と答え、どのシーンが好きかとの質問には「昔の上海が出てくるような場面。(残念だが)街が壊されるシーンにも思い入れがあります」とこだわりを見せた。
農民工の子を生き生きと演じた少年は、実際に農民工の子供だ。「彼は賢くて、私自身学ぶところがありました。子役は演技を学ぶと嘘っぽくなるので、農民工の子を見て、その中で目が輝いている彼を選びました。最初はアメリカ在住の子を主人公にと考えていましたが、農民工の子を主役に変え編集もし直しました」と打ち明ける。
一人暮らしの祖母役は重慶の「四大名旦(女優)」として人気があり、新中国建国後も数多くの作品に出演した秦怡(シン・イー)。撮影当時は90歳で、今なお元気という。彼女の夫は白楊、趙丹と並ぶ国家一級俳優で、「野バラ(王偏に攵と王偏に鬼)」「壮志凌雲」などの出演作もある金焔。映画でも祖母の亡くなった夫という設定で部屋に飾られた写真の中に登場。「大スターなので少し使わせていただいた」と笑った。

学生を中心に120人が集まった日吉電影節の上映会。中央奥の真ん中がが彭小蓮監督
話題は日本映画にも及び、「昔は日本映画を見ませんでした。リズムがゆっくりで重苦しいと思ったからです。しかし山形に行き農村を回って日本映画を理解できるようになりました。『七人の侍』は好きな作品。世の中には美女ばかり出てくる映画が多いですが、現実の社会はそうではない。その点、今村昌平監督の作品は、顔の美醜より個性が表現されている。彼の作品はディテールがしっかりしているからです」と影響を受けていることを示唆。
ドキュメンタリーの小川紳介監督にも触れて「一緒に仕事をしたことはあるけれど1カ月ほどでした。『満山紅柿』(01年)の後半を担当したことで感じるところがあり、編集の技術などを学ぶことができました。『上海家族』(02年)を撮ったときリズムがゆっくりして、ディテールも変わったと思います」と懐かしそうに振り返った。
監督は村上春樹のファン。「『1Q84』は現実の中に荒唐無稽なものが描かれていて好きです。しかし、第3部は全部が荒唐無稽で好きではない。村上春樹と似ているので夏目漱石も好きです」
日本と関わりの深い彭小蓮監督の今後に着目したい。【紀平重成】
【関連リンク】
「日吉電影節×Blog」
http://ameblo.jp/hiyoshi-keio/
◇ ◇
「私のアジア映画ベストワン」を今年も募集しています。その作品を選んだ理由も一緒にお寄せください。ペンネームも可。匿名希望はその旨をお書きください。2012年の公開なら海外で見た作品も対象です。また映画祭や特集イベントの作品も歓迎します。応募の締め切りは13年1月4日。あて先は、「12年私のアジア映画ベストワン」係(kihira-s@mainichi.co.jp)まで。