第441回 「セデック・バレ」をいま見るということ

「セデック・バレ」の一場面。左は安藤政信ふんする小島巡査 (C) Copyright 2011 Central Motion Picture Corporation & ARS Film Production ALL RIGHTS RESERVED.(以下同じ)
「海角七号/君想う、国境の南」以来、日本と台湾の複雑な歴史を背景にした作品を撮り続ける魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督が、4月に公開される「セデック・バレ」の主演俳優を伴って来日し記者会見を行った。半世紀に及ぶ日本の統治下で起きた抗日武装蜂起の「霧社事件」を描いた大作は、“文化と信仰の衝突”という重いテーマを抱えながら、一方では激しいスペクタクルシーンの連続で、「太陽旗」「虹の橋」の2部構成からなる4時間36分の上映時間中によもや居眠りをする人はいないだろう。

若き日のモーナ・ルダオ(ダーチン)は勇名をとどろかせていたが……
戦前の、しかも遠い台湾で起きた事件だけに、歴史的な背景を知らないと、ただの乱暴な原住民の暴動事件と誤解されるに違いない。そこを監督は緻密な脚本と演出で乗り切ろうとしたようだ。だから退屈はしないものの結果的に長くなってしまったのだろう。

モーナ・ルダオ(リン・チンタイ)の決断が迫る
「1930年に起きた霧社事件は台湾では小中学校の教科書に記述されているが、たった2、3行。しかし調べてみると内容は複雑で膨大な資料があった」と監督が言うように、ごく一部の人には知られていても、若い世代に関心を持たれることはなかったようだ。

モーナ・ルダオを先頭にセデック族が蜂起する
蜂起したセデック族の一集落の頭目モーナ・ルダオの青年時代を演じたダーチンも会見で「私はタイヤル族出身で、小さい時に事件のことは知らず、台本を手にして初めて知った。一族の年配者から、我々の民族には独自の文化、信仰、伝統があると聞いていたので、今回脚本を手にした時、我々の先祖はすごく知恵があるのだなと思った。たとえば侵入者がやって来た時にどうやって立ち上がり、家族や自分たちの土地、山を守ろうとしたかという風に。そういうことをいろいろ考え、撮影する時は非常に使命感に燃えた」という。
その事件とは。1895年、日清戦争で清が敗れると、やがて台湾の山奥にも日本統治が広がり、狩猟民族のセデック族にも日本人化を推し進める教育が強化されていった。統治開始から35年目の1930年、日本人警察官との間で起こった小さないざこざが原因でセデック族の頭目の一人モーナ・ルダオ(リン・チンタイ)が立ち上がる。

鎮圧に動く小島源治巡査(安藤政信)だが
セデック族に限らず台湾の先住民族である原住民たちは日本人として生きるよう教育される一方、独自の文化は禁じられた。その不満が高かったことは想像に難くない。
「文化の違いで衝突が起きる時、どう対応すれば回避できるかを考えた。それは力で自分の文化を強制するのではなく、文化の違いを理解することで乗り越えられると考えた。信仰を否定したら、相手の価値を全部否定することになる。絶対的な文化はない。互いに異文化と交流することで理解する道が開ける」
こう話す監督のあるべき姿とは文化や信仰の多様性が守られた世界ということだろう。

夫の安否を心配する身重の高山初子(ビビアン・スー)
舞台を戦前の台湾の山奥にある霧社という地区に置きながら、実は今の世界にも共通する普遍的なテーマであることがよく分かる。
「この映画は(戦前から台湾に住んでいた漢民族の)本省人と(戦後大陸から移って来た)外省人、原住民の融和というメッセージも込められているのか」との質問に、「もちろんそうです。それを願っている。台湾はいろんな民族が暮らし、価値観も多様だ。政権交代を繰り返し新たな秩序を見つけることができた。それぞれが自分のカラーを出している。前作の『海角七号』は最後に虹が出てくるが、それは自分のカラーを生かしながら共存する姿を描いている。僕は前向きに考えている。ようやく生まれたこの価値観を大事にしたい」と強くアピールした。

セデックか、日本人か、行き場を失った二人は自決の道を選ぶ
監督は事件を描いた漫画を見て映画化を決意したというが、資金難から制作は何度も行き詰った。その資金集めと大作を作る能力を示すために作った「海角七号」が大ヒットしてようやく制作が軌道に乗ったというエピソードは有名。
そのほかノー・ギャラで出演し、逆に資金を提供したビビアン・スーや安藤政信、木村祐一らの出演、山の中に本物と見まごう日本人集落のセットを作り上げた種田陽平ら話題には事欠かない。
後半は飛行機や機関銃まで登場する激しい戦闘シーンの連続で、見所も満点だが、人によってはアクションシーンが長すぎるとか、セデック族の少年が機関銃を走りながら撃てるだろうかと疑問を持つかもしれない。そこは娯楽作品ということで作品を楽しみたい。
史実によれば武装蜂起した300人のセデック族は、霧社の公学校で行われていた運動会の会場で日本人100人以上を殺した後、50日以上に渡って抵抗。最後は鎮圧されるが、その密林を駆け抜ける高い運動能力や戦闘精神は、太平洋戦争末期に南方戦線に投入された高砂義勇隊につながったとされる。これも歴史の文(あや)であろう。
ウェイ・ダーション監督が制作に回った次回作で台湾南部の嘉義農林学校(当時)が霧社事件の翌年、夏の甲子園で台湾代表として勝ち進み、とうとう決勝まで進出した実話を描く「KANO」(マー・ジーシアン監督)も待ち遠しい。
「セデック・バレ」は4月20日より渋谷ユーロスペース、吉祥寺バウスシアターほか
全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「セデック・バレ」の公式ページ
http://www.u-picc.com/seediqbale/
こんにちは。いよいよ明後日公開ですね。原住民役の人は全員原住民の方なのに、セデック語を話せる人はもうほとんどいなくて、言語の指導に力を入れたそうです。加藤浩志さんが総特集「混成アジア映画の海――時代と世界を映す鏡」(地域研究 13巻2号)で紹介しています。
DVD買って見たけど字幕部分までは理解できませんでした。
日本公開版でタイヤル語まで含めて楽しみたいです。