第447回 「三姉妹~雲南の子」

「三姉妹~雲南の子」の一場面 (c)ALBUM Productions, Chinese Shadows (以下4を除き同じ)
両親不在。光も射さない穴倉のような小屋で三姉妹はひっそり暮らしていた。経済成長に沸く中国の沿海部から遠く離れた雲南の高原地帯。貧しさの中にも命の輝きを見せる少女のまなざしをカメラでとらえたワン・ビン監督に聞いた。
三姉妹を見つけたのは偶然だったと監督は合同会見で切り出した。標高3200メートルの長江上流域を、ある作家の墓参りの帰りに通りかかると、家の前で泥まみれで遊ぶ三姉妹を見かけ、興味を持って声を掛けたという。
「その子たち以外にほとんど村人は見かけず、さびしい村の中で3人は際立って見えました。聞いてみると3年前に母親が家を出て行き、父親も出稼ぎのため不在で、3人だけで暮らしているというのです。家に入るともっと驚かされました。長女のインインは幼い妹2人を母親代わりに世話をし、また想像を超える貧しさでした。それでもインインは突然の訪問者に唯一の食糧であるジャガイモを囲炉裏の鍋で煮て出してくれました。その貧しさに心が痛かったのですが、3人寄りそって生きているという強さにより心を打たれたのです」

長女のインインは2人の妹の面倒を見ている
その翌年の2010年、前作の劇映画「無言歌」の編集のためパリにいた時、テレビ局のプロデューサーからドキュメンタリーを作る相談が持ちかけられた。前年の体験を話すと興味を示し、制作が決まった。
撮影は監督を含めカメラ2人、プロデューサー、ガイド各1人の計4人。10年秋から撮影に入り翌年にかけて計3回、実質20日間で撮影し、高山病にかかった影響もあり仕上げに1年かかったという。
「彼女たちの生活を邪魔しないよう距離をできるだけ保つことに気を遣いました。撮影日数は少ないけれども、朝起きてから夜寝るまで、ずっと2台のカメラをフルに活用しました。しかしカメラ自体はそこにあるので透明にはなりきれません。子供たちはどうしてもカメラの存在に気づいてカメラを見たりスタッフと話しをしたりします。それも生活の一部と考え編集ですべてをカットするようなことはしませんでした。信頼関係がとても大事で、それがあると普段の生活通りに自然にしてくれました」

過酷な暮らしの中で長女は何を思う
監督は“何事も自然に”にこだわっているようだ。長回しの撮影はカットが多いと編集がやりにくいため代わりに採用された方法だが、結果的にコストは抑えられ、彼女たちも撮影を意識しないですむ。
また自然光で明るいところは明るく、暗いところはそのままで、ありのままを撮ることで、他の家と異なる様子がリアルに表現された。そして軽量の小型デジタルカメラを使うことで録音の担当者も不要となり、その点でも彼女たちの生活への影響を最小限に抑えることができたという。
この「お邪魔をしない」というカメラがとらえた映像は……。
長女のインイン(10歳)が次女チェンチェン(6歳)と三女フェンフェン(4歳)の面倒を見ている。近くに伯母の家族と祖父が住んでいるが、基本的には家畜の世話から畑仕事までインインの肩にかかっている。チェンチェンの長靴には穴が開いていて水たまりを歩けば足がぬれ気持ちが悪い。シラミを一番抱えているのは三女のフェンフェンだ。久しぶりに戻った父親に子供たちは甘えるが、祖父と父親は新しい嫁をもらうことを相談している。父親は経済的な理由から妹2人を連れて町へ戻る。一人残された長女をカメラはとらえる。
監督は毎回、その人を強烈に撮りたいという欲望が湧いてくるという。「その人物の人生の経験をより理解したい、共有したいと思います。とても刺激を受けるのです」

合同会見に応じるワン・ビン監督(ムヴィオラ提供)
反右派闘争から文化大革命まで、過酷な人生を歩いた老いた女性が語る「鳳鳴(フォンミン)-中国の記憶」もそうだった。そして三姉妹に出会った時も、「子供なので生命力にあふれていましたが、貧しさに負けないぐらいの旺盛な生命力は人間がもともと持っているものです。それをキチンと撮りたいと思いました」
その監督がいま最も興味を持っているのが長江という。「経済発展著しい上海が長江の東のはてに位置し、川の上流域に三姉妹の村がある。西から東へという人の流れの変化や人々の生活の変化をドキュメンタリー作りを通して理解し紹介していきたい」
ワン・ビン監督の合同会見での話し方は驚くほど静かで、その姿が今聞いたばかりの控えめで無理のない撮影手法の話と重なり、納得した。ドキュメンタリーにかける思いは熱いが、性格は極めてクールなのだと。
「三姉妹~雲南の子」 は5月25日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。また上映に先がけて「鉄西区」と「鳳鳴-中国の記憶」が5月11~24日、同劇場で特別公開される。【紀平重成】
【関連リンク】
「三姉妹~雲南の子」の公式サイト
http://moviola.jp/sanshimai/