第452回 マレーシア映画祭「シネ・マレーシア」

「サンカル」の一場面
日本では初めてのマレーシア映画祭「シネ・マレーシア」が開催される。これがボランティアスタッフわずか3人の手で成し遂げられたというから、驚く。上映権の交渉や字幕製作、さらに会場の確保からチラシの発注、Webサイトの宣伝まで、ありとあらゆる裏方の仕事を半年間でこなして来たという。マレーシアが大好きなのは当然として、気力、体力、さらに応援してくれる仲間もあってのことだろう。本当にご苦労様。
アジア映画ファンの一人として私はどの国の作品も興味深く拝見しているが、気が付けばマレーシア関連の作品がいつの間にか増えている。今回上映の21作品で言えば7本(短編3本を含む)はすでに見ている作品だ。大阪アジアン映画祭やアジアフォーカス・福岡国際映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭、そして東京国際映画祭と、上映機会が増えているからだろう。
その内訳を見た順に並べると、「金魚」(エドモンド・ヨウ監督)、「水辺の物語」(ウー・ミンジン監督)、「サンカル」(シャリファ・アマニ監督)、「避けられる事」(エドモンド・ヨウ監督)、「避けられない事」(同)、「新世界の夜明け」(リム・カーワイ監督)、そして「イスタンブールに来ちゃったの」(バーナード・チョーリー監督)。

オーキッド役で見せた笑顔そのままにシャリファ・アマニさん(2011年7月31日、京都大学芝蘭会館山内ホールで筆者写す)
「新世界の夜明け」のように、舞台は日本、俳優は日本人と中国人で監督はマレーシア人という作品があるかと思うと、イスタンブールを舞台に監督から俳優まで全部マレーシア人という作品、そして舞台、スタッフ、キャストすべてマレーシアの“純国産映画”と多様である。マレーシアという国が「越境」という文化的動機を常に内にはらんでいるからであろうか。最近の経済的伸長も影響しているかもしれない。
ここで思い出すのは2009年に亡くなったヤスミン・アフマド監督のことである。マレーシアは多民族、多言語、多宗教の社会。そのため融和をはかることが国策として最優先されがちで、時に個人の自由や個性が損なわれかねないという事情がある。ヤスミン・アフマド監督が性別や宗教、民族の持つ「らしさ」に縛られることなく、多文化共生社会における個人の生き方を「細い目」や「タレンタイム」など一連の作品を通じて模索し続けたことは良く知られる。
それらの作品が、現実を見すえつつ、登場人物を大きく包み込むような優しさに満ちていたことが懐かしい。
彼女の作品のオーキッド役で人気を博し、今回の映画祭でも上映される「サンカル」が初監督作品となったシャリファ・アマニ監督は、ヤスミン・アフマド監督のDNA(遺伝子)を受け継ぐ1人といえる。

「クアラルンプールの夜明け」の一場面
「サンカル」は、相思相愛の男女の間に起きる怒りと苦悩を描いた22分の作品。卒業を前にした高校生のヤスミンに、思いを寄せる同級生の家から結婚話が来た。家が貧しく病気の母を世話していたヤスミンは、母親の面倒も見るという願ってもない話に喜び承諾する。しかし、彼女を待ち受けていたのは、あまりにも過酷な運命だった。
一昨年、京都で開かれたヤスミン・アフマド監督をしのぶシンポジウムのために来日したシャリファ・アマニ監督は、オーキッドをほうふつとさせるキュートな笑みで聴衆を魅了していたが、「サンカル」での彼女は終始苦悩に満ちた表情を浮かべ痛々しい。その彼女が映画祭でも上映される「クアラルンプールの夜明け」(細井尊人監督)では娼婦でシングルマザーという初めて体験する役柄を披露する。どう演じているのか興味深い。

「新世界の夜明け」の一場面
大阪アジアン映画祭で見た「イスタンブールに来ちゃったの」についても触れておきたい。
マレーシアでトップクラスの人気を誇る女優リサ・スリハニをヒロインに、トルコに魅せられた監督が舞台を常夏の国から極寒のイスタンブールに移しオールロケを敢行。ヒロインの可愛らしさと服のセンスがひときわ印象的なラブ・コメディだ。

「イスタンブールに来ちゃったの」の一場面
イスタンブールの医大で学ぶ恋人にプロポーズさせようと勇んで空港に降り立ったブログライターのディアンだが、彼の方は「学業が忙しい」の一点張りで反応は思わしくない。それどころか見知らぬ街を一人下宿探しすることに。偶然紹介された部屋はボスボラス海峡を臨む景観抜群の場所。そこには大きな落とし穴が待ち構え、さらにイケメン芸術家とルームシェアを始めて……と、アップダウンが繰り返される。さて、ディアンは幸せをつかむことができるだろうか。
映画祭会場で発売されるシネ・マレーシア開催記念のブックレット「マレーシア映画の現在☆2013」(マレーシア映画文化研究会編集)は作品の解説が豊富で、映画を見た後に作品を振り返るのにお勧め。
マレーシア映画祭「シネ・マレーシア」は5月24日~31日、オーディトリウム渋谷【紀平重成】
【関連リンク】
マレーシア映画祭 シネ・マレーシア
http://cinemalaysia.com/
マレーシア映画文化研究会
http://ylabo222.wix.com/film2#
銀幕閑話358回「ヤスミンの意志を受け継ぎ新しい道を探る」
http://mainichi.jp/feature/news/20110805org00m200006000c.html
銀幕閑話421回「アジアを漂流し続けるリム・カーワイ監督」
http://d.hatena.ne.jp/ginmaku-kanwa/20121012/1350010579