第459回 「ベルリンファイル」

「ベルリンファイル」の一場面。背後に広がるベルリンの街が美しい (c)2013 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved (以下同じ)
1989年にベルリンの壁が崩壊した時、もうスパイものの映画は成り立たなくなると言われた。それから約四半世紀。東西冷戦の終了後も残った朝鮮半島の南北緊張は、冷戦のシンボル、ベルリンを舞台に極めて質の高いスパイ映画を誕生させた。

逃げる北の秘密工作員(ハ・ジョンウ)
同作品のプロモーションのため来日したリュ・スンワン監督は、自身大好きな鈴木清順監督の作品からコメディー映画の手法を学んだという興味深いエピソードを披露しながら、逆に映画制作の仕事を志す日本の若者相手に、“特別講義”を実施するなど、映画文化の交流・越境に自らも一役買って出た。
なぜ舞台はベルリンだったのか。試写を見た東京・渋谷の映画美学校の生徒からも質問が寄せられた。監督は「ベルリンがあるドイツは冷戦時代を象徴する場所であり、また世界的に見ても一番大きな北朝鮮大使館があることなど、ベルリンという都市が持つ象徴的な意味が私にとって大きかった」と理由を語った。
そのベルリンの街を監督は映画の冒頭からたっぷりと見せ、“スパイが行きかう街”を強く印象付けることに成功している。

追いかける韓国情報員(ハン・ソッキュ)
ベルリンの高級ホテルで北朝鮮の秘密工作員(ハ・ジョンウ)がロシア人ブローカーを伴ったアラブ系の男に新型ミサイルを売りつけようという場面。それを韓国のエージェント(ハン・ソッキュ)が監視カメラの大型モニターで注視し、一網打尽にして資金の流れを一気に突き止めようと身構える。そこへ、イスラエルの情報機関が割り込み銃撃戦に。慌てて現場に駆けつけた韓国側は北朝鮮の工作員をとり逃してしまう。
あと一歩というところまで追い込んだハン・ソッキュ演じる韓国情報員とハ・ジョンウの北朝鮮秘密工作員が、ビルの屋上で互いに相手ののど元に銃口を押し当てるシーンは、香港映画の名作「インファナル・アフェア」でトニー・レオンとアンディ・ラウが、これもまたビルの屋上で対峙したシーンを彷彿とさせる。背後に広がる香港とベルリンの街並み。どちらも息をのむほどに美しく、“スパイの街”を観客の脳裏に焼き付けた名場面であろう。

秘密工作員の妻で北朝鮮大使館通訳のジョンヒ(チョン・ジヒョン)
ベルリンではもう二人主役と見ていい俳優が登場する。北の秘密工作員の妻で北朝鮮大使館通訳のジョンヒ役を「猟奇的な彼女」のチョン・ジヒョンが、また北から送り込まれてきた最高幹部の息子で保安監察員のミョンスをリュ・スンボムが演じている。
「10人の泥棒たち」では蓮っ葉な役回りを演じたチョン・ジヒョンが、今作では秘密を隠し持つ影のある女を演じる一方、マンション高層階でハイヒールを履いたまま窓から逃げる危機一髪の場面は、思わず力が入る。アクションから陰影濃い役柄までこなすところはさすがである。リュ・スンボムも秘密工作員夫妻をねちっこく追い詰める敵役がぶりは「怪演」と言っていいだろう。

北から送り込まれてきた最高幹部の息子で保安監察員のミョンス(リュ・スンボム)
新宿で開催されたトークイベントにも参加した監督は「北朝鮮の人物を非常に人間的に描写し始めたきっかけとなったのは恐らく『JSA』からだったと思う。私はどんな体制であっても、そこに生きている人には熱い血が流れていて、人間としての感情を持っている人たちだと思っているので、北朝鮮の人を主人公にした時も、私たちと同じ熱い感情を持っている人間として描写するよう努めた」と説明。さらに「今は冷戦が終わった後の時代だが、依然として冷戦のイデオロギーの中で生きている人がいるということを考えてみたかった」と映画を作りたいと思った理由を熱く語った。
俳優のいい演技を引き出すためには、いい脚本作りが欠かせない。リュ監督は取材を重ね、1年をかけて北朝鮮政権内部の権力闘争が工作員夫妻の命を危険にさらす陰謀につながっていくという素晴らしい脚本に仕上げた。北朝鮮が秘密裏に武器をアラブ諸国に売りつけようとする冒頭のシーンを含め、随所に時局ネタを取り込んだお話が散りばめられており、説得力は十分だ。脚本が「現実より先行している」と言われるのも当然のことだろう。
「ベルリンファイル」は7月13日、新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー【紀平重成】
【関連リンク】
「ベルリンファイル」の公式サイト
http:/berlinfile.jp/