第473回 今年は豊作 中国映画週間

「ロスト・イン・タイ」の一場面
今年の中国映画週間(東京・沖縄)には、昨年から今年にかけて中国で記録的なヒットとなった話題作のうち3本が加わった。ジャンルはまったく異なるのに奇妙な共通点が一つある。題名を見れば一目瞭然。邦題に「イン」または「in」が入っているのだ。これが偶然とは思えない。
「ロスト・イン・タイ」と「アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ」、そして「北京ロマンinシアトル」。日本のタイトルを考えた人がネーミングにこだわったかどうかは別にして、「イン」を入れるのが当然なほど海外ロケをふんだんに取り込んだ作品が並ぶ。比較的低予算の映画といっても、海外ロケが十分可能なだけの資金的裏付けがあるのだろう。世界第二の経済大国にとって、題名に「イン」の付く作品が続くのは必然のことなのかもしれない。
最初に紹介するのは俳優のシュー・ジェンが初監督に挑んで、中国における中国語映画の興行記録をあっさり塗り替えてしまった「ロスト・イン・タイ」である。
画期的なガソリン添加剤の開発に成功したシュー(シュー・ジェン)は、タイにいる大株主の同意を取り付けようとバンコクへ飛ぶ。ところが開発パートナーのガオ(ホアン・ボー)は発明品をフランスに売り込もうと画策し、GPSを頼りにシューの後を追う。偶然機内に乗り合わせたワン(ワン・バオチァン)もなぜかシューの後をついてくることになり、3人の中国人による追いつ追われつのタイ珍道中が始まる。

「アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ」の一場面
「ロスト・イン・タイ」はコメディ作品として際立って面白いというわけではない。確かに今や世界一のヒットメーカーと言ってもいいほど出演作が次々に大当たりとなるホアン・ボーや、コメディ作品の顔ともいうべきワン・バオチァンらが出ていて役者陣は申し分がない。さらにチェンマイをはじめ美しい風景やドタバタに欠かせないワイヤーを使ったシーンもふんだんに取り込み手抜かりはない。
しかし数々のギャグは想定の範囲を越えているとは言い難い。それでもヒットしたというのは、この手の作品の新たなファン層が拡大しているということだろうか。ただこうも言える。ラストのサプライズはやはりすごかった。このシーンだけで監督のセンスと実行力に敬意を表したい。ありがとう、監督。
これに匹敵するシーンを想像すれば、個人的にはグイ・ルンメイが……おっと、ここでやめておこう。
次はピーター・チャン監督の「アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ」。1980年代、将来の夢を抱いて3人の若者が燕京大学に入学する。ふとんに洗面器を担いだ農村出身のチョン・トンチン(ホアン・シャオミン)は他の2人と意気投合する。それから30年。数々の挫折を乗り越え、英語教育ビジネスで成功するまでを、3人の友情物語も交えながら描いている。人気のあるダン・チャオやトン・ダーウェイとの豪華共演も話題となり、こちらも今年の上半期ベスト5に入るヒットとなった。
改革開放政策を打ち出してからわずか30年。世界に例を見ないほどの経済発展を成し遂げた中国では数多くのサクセスストーリーが生まれている。その実話の一つをピーター・チャン監督が当時の服装や音楽、出国審査の厳しさなど懐かしい時代を彷彿とさせる題材も交えながら感動的に描いている。

「北京ロマンinシアトル」の一場面
世界を見渡しても経済を中心に変化のとりわけ大きいアジアでは、過去を振り返る作品が次々に作られ、それが大ヒットするという現象が起きている。台湾の「あの頃、君を追いかけた」や韓国の「サニー 永遠の仲間たち」、インドの「きっと、うまくいく」。そして中国でも、同じように「アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ」という作品が生まれたと見ることもできるだろう。
一方、シュエ・シャオルー監督の「北京ロマンinシアトル」はシアトルを舞台にした中国人男女のラブストーリーだ。シアトルが舞台で、エンパイア・ステート・ビルディングも出てくると聞けば、トム・ハンクスとメグ・ライアンの「めぐり逢えたら」を思い出す方も多いだろう。
ウェン・チアチア(タン・ウェイ)は中国に住む愛人との間にできたお腹の子にアメリカの居住権を与えるため1人シアトルに来た。何でもお金で解決しようとするわがままな彼女の振る舞いに、個人経営の出産センターの大家や他の妊婦たちから彼女は浮いてしまう。彼女が唯一頼りにしているのは、運転手のフランク(ウー・ショウポー)だが、彼にも複雑な事情がありそうだ。やがて中国の愛人の行方が分からなくなり、無一文になった彼女とフランクの間に愛が芽生える。
ラストに感動的なシーンが待っているオシャレな映画だ。主演のタン・ウェイは韓国の人気俳優ヒョンビンと共演した「レイトオータム」でもシアトルで撮っている。今回の作品と見比べると、彼女の多彩な演技力を感じないわけにはいかない。そして、ラストのとろけるような笑顔。これは見逃せない。【紀平重成】
【関連リンク】
「2013東京/沖縄・中国映画週間 」の公式サイト
http://cjiff.net/
銀幕閑話: 第384回 「晩秋」から「レイトオータム」へ
http://mainichi.jp/feature/news/20120203org00m200007000c.html