第474回 ファン・ビンビンの七変化
このところファン・ビンビンの出演作が相次いで公開、上映されている。どれ一つとして同じような役柄はなく、中には精神に異常をきたすという難しい役もこなしている。中国ナンバーワンの美貌に加え、演技でも円熟味を増してきた彼女の七変化をのぞくと……。
いま人気絶頂のファン・ビンビンの魅力を最も効果的かつセンセーショナルに引き出しているのは、最新作まで3作続けて彼女とタッグを組んだリー・ユー監督だろう。
ファン・ビンビンは2007年の「ロスト・イン・北京」ではマッサージ店で働く若い人妻の役。オーナー(レオン・カーファイ)に襲われ、やがて妊娠。誰の子か分からないまま出産する。頼みの夫(トン・ダーウェイ)は慰謝料を取ろうとオーナーをゆするだけでなく、オーナーの妻とも関係してしまう。自分勝手な周囲の男連中より終始気丈に、どんな状況でもひたむきに生きようとする女を好演している。
続く10年の「ブッダ・マウンテン~希望と祈りの旅」では、酒を飲んでは母を殴る父親との葛藤から刹那的に生きながらも、アパートに同居する若い男友達や年齢の異なる家主の女性との交流を通じ心が癒やされていくナイーブな女性を情感深く演じている。しかもクラブでハンドスピーカーを振り回しながらの熱唱まで見せてくれるおまけ付きだ。
そして最新作の「二次曝光」(12年)では、親友に恋人を奪われ、口論の末にその親友を殺してしまう女の役。やがて恋人も姿を消し、死んだはずの親友がまとわりつき始める。現実と幻想が交錯する中で彼女の精神は次第に追い詰められていく。
この多様な役柄を演じ分ける彼女の才能も素晴らしいが、何を演じてもセクシーで、眉間にしわを寄せたり、物憂い放心したような表情がまた男心をくすぐる。いや、こんないい女に身近でこのような表情をされたら、女でも見ほれてしまうだろう。
「ブッダ・マウンテン」では信頼していた男友達(チェン・ボーリン)が他の女と抱き合っているのを見てショックを受け、大家(シルヴィア・チャン)のベッドに潜り込んで彼女に甘えたりもするが、その際に驚きはするものの満更でもない表情を浮かべるシルビア・チャンの演技も良かった。自分の母親のように甘える可愛い女。それを微笑ましく思う実年の女性。ごく自然な表情を引き出しているのを見ていると、実際のファン・ビンビンも甘え上手なのかもしれない。
難しければ難しいほど闘志を燃やし、感情をほとばしらせることができる。そして目力の強さは天恵のものだろう。そんな才能を見抜いて、「ロスト・イン・北京」冒頭での体当たり演技を課したのを始め、次々とハードな演技を求めて鍛え上げたのがリー・ユー監督と言えるだろう。同性ゆえの遠慮のない注文だったと言えるかもしれない。
「墨攻」(ジェイコブ・チャン監督)や「新宿インシデント」(イー・トンシン監督)、「運命の子」(チェン・カイコー監督)も彼女のにおい立つような美しさは際立っていたが、最近のファン・ビンビンは役を演じているというより、その役柄になりきっていると言えるほど一皮むけた感がある。リー・ユー監督にプロデューサーのファン・リーを加えた3人の幸福な出会いがもたらした成果である。
ところでファン・ビンビンは本コラムで前回紹介した中国における中国語映画の興行記録を持つ「ロスト・イン・タイ」(12年、シュー・ジェン監督)にも出演している。その出方がまた素晴らしい。まさに彼女だからこそ効果のあるサプライズと言えるだろう。そしてこうも言える。「他の女優なら出演を断ったかも」と。そこに至るまで、どのような力学が働いたのかは別にして、出ようと決断したという事実だけでも彼女にほれ直してしまう。それはまさに七変化の演技だった。ありがとう、ファン・ビンビン。あなたは素晴らしい。
「ブッダ・マウンテン~希望と祈りの旅」は東京は終了、11月9日よりシネ・ヌーヴォ、第七劇場ほか横浜、京都、兵庫で公開 【紀平重成】
【関連リンク】
「ブッダ・マウンテン~希望と祈りの旅」の公式サイト
http://www.buddha-mountain.com/