第482回 「13年私のアジア映画ベストワン(1)」

「唐爺さん」の一場面
「銀幕閑話」恒例の新春企画「私のアジア映画ベストワン」は熱心な読者や映画へのこだわりがひときわ強い方々に支えられて実に9回目を迎えました。昨年に続き今回も6~10位を先に紹介します。2013年に公開・上映された映画の中で本コラムの読者のみなさんが「これぞアジア映画ベストワン」に推した作品の第6位は中国インディペンデント映画祭で上映された「唐爺さん」(原題「老唐頭」、シュー・トン監督)でした。
「中国抗日映画・ドラマの世界」(祥伝社新書)や「中国映画の熱狂的黄金期――改革開放時代における大衆文化のうねり」(岩波書店)などの著書がある劉文兵さんは「『収穫』『占い師』に次ぐ遊民三部作の三作目で、中国東北地方で暮らす80歳の唐爺さんの生活を追うドキュメンタリー。主人公が人生を振りかえるシーンが映画の大半を占めているが、その語りはまるで一人漫才のようで実に面白く、すべての話が彼に脚色された作り話ではないかと疑うほどだ。一方、唐爺さんと子供たちの関係が、互いの激しい喧嘩の応酬を通じて描かれている。些細なことでも、汚い言葉を駆使して相手を罵倒する彼らは、もはや親子に見えない。この過剰な饒舌さは何を意味するのだろうか。著しく変貌する中国で、社会の周辺へ追いやられた彼らは完全に無力だ。それゆえに余ったエネルギーや不平不満を解消するために、家族に向けて八つ当たりする以外になす術はない。時代に翻弄され、社会の底辺で彷徨う遊民たちの悲哀が浮き彫りにされている」と分析する。

「血の抗争」の一場面
続く第7位は日本における第2のインド映画ブームと言われる昨今の熱気を反映するように、福岡アジアフォーカスでしか上映されていない「血の抗争(Gangs of Wasseypur )」(アヌラーグ・カシャプ監督)が堂々のランクイン。ゆずきりさんは「とにかくおもしろいとしか言いようがなく、テンション高い場面とほほえましい場面が何の違和感もなく続いていたりして、長い上映時間は全く気にならず見ることができました。音楽の合わせ方もとてもかっこよかった。インド映画界にはすごい人たちがいるらしい!と思いました」と熱いコメント。インド版「仁義なき戦い」との評価もあり、日本公開を決断する配給会社はないものだろうか。

「ILO ILO」の一場面
8位は東京フィルメックスで上映されたシンガポール映画「ILO ILO」(アンソニー・チェン監督)。新人ながら、脚本、演出、撮影、編集のすべてを担当し、その完成度の高さが注目された作品。映画評論家の中川洋吉さんは「日常的な出来事を上手くすくい上げ、脚本も良い」と評価する。見逃したのが悔やまれます。

「フェラーリの運ぶ夢」の一場面
そして9位はまたしてもインド映画の「フェラーリの運ぶ夢」(ラジェシュ・マプスカル監督)。昨年10月のインディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン(IFFJ)で見たしらたまさんは「俳優はシャー・ルク・カーンがイチオシですが、映画となると、この作品が素敵でした。経済的にも、母親がいないところも、日本の感覚では“気の毒”な少年なんですが、それを補うほどの父親の愛情と、どんなに緊急事態に陥ってもなんとか解決しようとする前向きさと優しさ。こういう力強い映画が見たカッター」と激賞し、「インド映画はなかなか日本語字幕がついたDVDが発売されませんので 、勢い何回も映画館へ通うことになりました。このような映画の見方は、かつてした事がありません。通ううちに、同好の仲間がたくさん出来て、新しい世界が広がった一年となりました。アジア、特にインド映画の国内上映につながる事を願ってやみません」と期待を寄せる。インド映画ファンはどこまでの熱い。

「3人のアンヌ」の一場面
さらに10位には前回ベストテン入りを逃したホン・サンス監督の「3人のアンヌ」が昨年6月公開の余勢をかってランクインを果たした。東京フィルメックスの岡崎匡さんは「“ずれる”ことって悪くないなあ、と涙が出るほど笑いながら思いました」。イザベル・ユペールが3つのエピソードで、アンヌという名前で異なる3つの役を演じるのだが、その3つが少しずつずれていくだけで生じるおかしさを見事にあぶり出している。人とずれると空気が読めないと言われたり、ぶれないことが政治的にも正しいという考えが幅を利かす作今、「ずれたりぶれたりしていていいんだというおおらかな笑いに救われた気がします」との感想は私もじっくりと噛みしめたい。
11位以下は順不同でご紹介。
「『映画ファンのための』韓国映画読本」(ソニーマガジンズ)の編集者、千葉一郎さんが選んだのは韓国映画「王になった男」(チュ・チャンミン監督)。「脚本、演技、演出、美術、撮影……隅々まで配慮が行き届いた盤石の一本。定石どおりの影武者モノではあるものの、総合力で一気に見せ切る。予算もしっかりかけられ、2時間11分のリッチな時間を堪能することができた」
続けて韓国映画をもう1本。「ベルリン・ファイル」(リュ・スンワン監督)を挙げたのは柴沼さん。「韓国映画で暴力的なスパイ映画といったら期待値マックスになり、それを裏切らないハラハラドキドキのサスペンス映画。ただ、韓国国家情報院がベルリンでCIAやモサドよりも活躍するのは、さすがに盛りすぎという気もしますが……(笑) それでも、単なるアクション映画にしないで、南北の対立、金正日の隠し遺産、そして、最愛の妻が敵のスパイではないかという夫婦の疑惑までてんこ盛り。物語も二転三転し、最後まで展開が読めませんでした。格闘戦がハリウッド映画などとは全然違い、急所を手刀で狙ったり、あえて硬い岩場にたたきつけたり、本当に痛そうで殺意をもっているんですよね。また、予告編でもありましたが、こめかみに銃を突きつけられたところから反撃するシーンは本当になめらか。そして、クライマックスの銃撃戦も迫力満載で、アクションもお腹がいっぱいになります。主演の北朝鮮工作員役のハ・ジョンウは『チェイサー』『ノーボーイズ、ノークライ』と印象的な作品に出ていますが、ここまで骨太の人物を演じられるとは思わなかった。また、妻役のチョン・ジヒョンも普段のラブコメとはうって変わって、影のある陰気な役。韓国情報部員役のハン・ソッキュも手堅く演じてますが、特筆すべきはリュ・スンボムの悪役ぶり。最初はザコ悪役と思いきや、この人、『容疑者X 天才数学者のアリバイ』の主役(ソッコ)だ
ったんですよねえ。全然違うからわからなかった。こういう作品があると、やはり、韓国映画は気になります」
韓国映画は他にもキム・ギドク監督の「嘆きのピエタ」やイ・ヨンジュ監督の「建築学概論」等を推す方もいたが、数年前までの上位を独占する勢いは感じられなかった。
となると、次回でご紹介のベスト5はどこの国のどんな作品が入るのか。どうぞ楽しみに。【紀平重成】