第492回 「黒四角」

「黒四角」の一場面。黒く四角い物体から出てきた男(中泉英雄)は自分の名前も覚えていない (C)2012 Black Square Film Gootime Cultural Communication Co.,Ltd
日中関係が緊迫している時にあえて公開に踏み切った日中合作渾身の1本。「2001年宇宙の旅」のモノリスを思わせる黒く四角い物体が、われわれを異次元の北京郊外へと誘う。

チャオピン(チェン・シーシュウ)は四角い物体に近づき様子をうかがう(C)2012 Black Square Film Gootime Cultural Communication Co.,Ltd
中国で映画を撮るという思いを秘めた奥原浩志監督が、反日デモの渦巻く中国へ渡りインディーズの映画人らと交流。全編中国語で撮りあげたラブストーリーだ。
北京郊外の芸術家村で日本人の妻(鈴木美妃)と暮らすチャオピン(チェン・シーシュウ)は、知人の個展会場で全面黒く塗られた一枚の絵に衝撃を受け、次の日、絵とそっくりの黒い四角い物体がゆっくり飛んで行くのを目撃する。彼がその物体を追って水の枯れ果てた大河跡に行くと、黒く四角い物体の中から突然ひとりの男(中泉英雄)が現れる。男は身に何もまとっておらず、自分の名前すら覚えていなかった。

男とリーホワ(ダン・ホン)は互いに好意を抱くが……(C)2012 Black Square Film Gootime Cultural Communication Co.,Ltd
黒四角と名付けられた男とチャオピンの留守中に呼び寄せられた彼の妹リーホワ(ダン・ホン)はすぐに魅かれあい、互いに会ったことがあると思い始める。どんな過去があったのかを知るため男は黒く四角い物体の中に戻って行く。
この物体は何も語らないものの、どうやら人に何かを考え決断させる特別なオーラを発信しているようだ。

リーホワに既視感を覚える男は彼女を写生し始める(C)2012 Black Square Film Gootime Cultural Communication Co.,Ltd
「2001年宇宙の旅」でモノリスは、人類が争いや環境の変化など困難に見舞われるたびに、まるで神のような存在として姿を現す。そしてもう一段高いレベルへと脱皮を促すかのように人類がまだ見知らぬ世界へと誘う。
たとえば最初のシーン。争いを繰り返す人類の先祖の一方に動物の骨を棍棒のように振り下ろせば相手を叩きのめすことができると啓示し、道具を教える。雄叫びをあげて放り投げた動物の骨がくるくる回り、それが「美しき青きドナウ」の曲に乗ってワルツを踊るかのような宇宙ステーションに切り替わるという劇的なショットはあまりにも有名だ。

四角い物体に戻ろうとする男をリーホワは止めようとする(C)2012 Black Square Film Gootime Cultural Communication Co.,Ltd
巨大な四角い物体が物語の進行役を務め、そこに霊的な意味合いを持たせるという手法はどちらの作品にも共通している。
とすれば監督は登場人物にどのような決断を迫り、我々観客にはいかなるメッセージを送ろうとしているのだろうか。わざわざ中国までやって来て映画を撮ろうとしている監督の行動を見れば結論は明らかであろう。そのメッセージとは日中の双方に「古い考えを捨てよ、新しい考え方をせよ」ということではないか。あるいはこうも言える。日中友好など不確かなものだが、でもそれは可能であると信じて努力していくしかないと。黒四角は好意を抱くリーホワの止める声も振り切って姿を消すのである。
不確かなものということでは今回のロケ地である北京郊外はどんどん膨張して次々に姿を変えて行く。胡同や天安門広場、高層ビルなどテレビや映画で馴染みのある北京の風景の代わりに、何もない原っぱ、ビリヤード場を兼ねたスケート場、張り巡らされた長大な送電線。黒く四角い物体に案内されて異次元の世界に迷い込んだという感覚は十分に味わうことができる。そして昔懐かしい中国の路地裏は最早映画の中でしか見ることのできない存在だと気付くのである。
約70年前の日中戦争時代に日本兵と中国人兄妹が綴った愛と友情のパートで出てくるリーホワは別人のように可憐で魅力的。ジャ・ジャンクー監督作品の常連、王宏偉(ワン・ホンウェイ)も出演しているほか、日中の映画人が全面的に協力しているが、いまのところ中国での公開は認められていない。12年の東京国際映画祭コンペティション部門では「黒い四角」のタイトルで出品されている。
「黒四角」は5月17日よりK’s cinemaほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「黒四角」の公式サイト
http://www.u-picc.com/black_square/