第505回 「あなたがいてこそ」

ラーム(スニール=左)とアパルナ(サローニ)はすっかり意気投合
「歌って、踊って」のイメージが強いインド映画だが、作品によってはガラリと印象が変わることがある。たとえば本コラム501回で御紹介した「めぐり逢わせのお弁当」や同493回の「マダム・イン・ニューヨーク」、そして487回「神さまがくれた娘」。いずれも涙を誘う感動的なドラマという点では共通しているものの、3作品はテーマも構成も全く違う。その多様さには感心するほどである。
ところが逆に、歌や踊りからロマンスやアクション、コメディーの要素までみな同じようにあるのに、なぜか印象が異なるなぁというケースもある。その理由は年間1200本超と世界一の制作本数を誇るインドでは言語圏ごとに競うように映画が作られており、その地域によって作り方に違いがあるからだ。
本作はテルグ語圏の作品。この地域では歌や踊り、笑いといった各要素をすべて盛り込んだ上で、それぞれの持ち味がですぎず、かといって埋没することなく、全体として絶妙なハーモニーを奏でる作品に仕上げることを良しとする伝統があるという。もちろんそのさじ加減は監督の腕次第ということになるが、「マッキー」のS.S.ラージャマウリ監督はヒット・メーカーの名にふさわしいテンポのいいテルグ語映画を作り上げたようだ。

恋は人をかくも美しくさせて……
28年前、対立する二つの家族間抗争で父親を殺されたラーム(スニール)は、その事件を知らされないまま育ち、大都市ハイダラバードで荷物配達の仕事をしている。愛用する古自転車がスピード時代に合わず仕事を首になって落ち込んでいたある日、故郷の広大な土地を相続していたという知らせが来る。大喜びのラームは土地を売るため故郷に向かう列車の中で、アパルナ(サローニ)という美しい娘と出会い好意を抱く。しかし彼女は、亡くなった父親を死に至らしめたラミニドゥの娘だった。そのことを知らず、ラームはまるで運命の糸に引き寄せられるようにラミニドゥの家に向かう……。

やや太めの二人の息も合い
テルグ語映画には家族や派閥同士が殺し合う「抗争映画」というジャンルがあるという。この作品もまさにそれで、さっきまで笑顔で接していたラミニドゥの長男が、相手の素姓を知った途端に鬼のような形相に変わり、ナタを引っ張り出して後を追う姿が妙に怖い。同様にラミニドゥ自身が、相手は宿敵の息子だと知った後でも、客人は自分の家の敷居の中にいる限りはもてなさないといけないと止む無く笑顔で接する様子も緊迫した場面だ。
血で血を洗う抗争映画が一瞬のうちにコメディーに変わり、さらに登場人物の心情をパワーアップさせるような歌とダンスが挿入されるという、リアリティーとは対極にあるアップダウンの激しい展開が波状攻撃のように繰り返され、観客は他の映画では体験できない不思議なカタルシスを味わうかもしれない。これがテルグ映画の強さなのだろうか。

次々にノリのいいダンスが炸裂
もう一つ気付いたのは出てくる俳優が男女を問わず“ふっくら系”なこと。いわゆるボリウッド映画の腹筋でお腹が割れているようなムキムキのボディーではなく、ぽっちゃりした腹が可愛い男女がここぞとばかりに踊り尽くすのである。これもなぜか心馴染むのだ。
でもラストで愛し合うアパルナとラームが下したある重い決断。たった1回の本気を披露するだけで抗争のすべてが解決というのはアリなんでしょうか。メデタシメデタシという安堵感ももちろん悪くはないが、なんだかあっけなくて……。ま、それもテルグ映画の良さかも知れませんが。
「あなたがいてこそ」は7月26日よりシネマート六本木ほか全国順次公開中。【紀平重成】
【関連リンク】
「あなたがいてこそ」の公式サイト
http://www.u-picc.com/anataga/intro.html