第510回 「So Young ~過ぎ去りし青春に捧ぐ~」
中国4大若手女優に名を連ねたこともあるヴィッキー・チャオが初メガホンを取り監督としても非凡な才能の持主であることを証明した話題の学園青春映画である。しかも、それが中国の歴代興行成績で洋画も含め10位以内に入る記録的なヒットというのだから恐れ入る。美人というもう一つの“能力”を封印し映画を成功に導くことができたのはなぜか。
東アジアでは最近学園生活を送った青春時代を現在の時点から回顧するという作品が増えている。台湾では「あの頃、君を追いかけた」や「GF*BF」がそうだし、韓国では「建築学概論」や「サニー 永遠の仲間たち」が挙げられる。インドまで広げれば「きっと、うまくいく」が本国はもちろん香港や台湾、日本でもヒットしたことを思い起こすことだろう。
共通するのは青春時代が遠い過去ではなく、10年ないし20年前で、決してやり直しが効かないというわけではないのに、輝いていたあの時代は二度と取り戻せないという喪失感に強くとらわれていることである。それが観客自身の体験と重ね合わされ共感を呼んでいるのだろう。
本作の場合はどうか。時代は90年代半ば。中国の改革開放政策が浸透し誰もが豊かになることを信じて走り始めた時代だ。驚異的な経済成長の一方で古い建物はどんどん取り壊され街の風景は一変した。
それをよく表しているのが映画の中で描かれる服装や小道具たちだ。学生寮の部屋には、マギー・チャンら香港スターの写真や映画のポスターが貼られ、学内のイベントではヒロインのチョン・ウェイ(ヤン・ズーシャン)が当時流行していた「紅日」を飛び入りで歌い、学生たちを熱狂させる。その曲は大事MANブラザースバンドの「それが大事」。経済だけでなく文化の面でも香港の影響が絶大だった90年代中国のキャンパス・ライフを再現し、当時学生生活を送った世代はもちろん、その時代を経験したあらゆる世代の人々にも懐旧の念を呼び起こしたのだろう。
確かに豊かにはなった。自分たちが想像していた以上に。自信もついた。俺たちはすごい、中国は偉大だ、と。しかし成長が速すぎた分、公害や経済格差の拡大、汚職の蔓延等負の部分が吹き出してきた。豊かにはなったが、自分たちは本当に幸せなのだろうか。映画はそんな思いをわが身に問いかけることのできる格好の作品になったに違いない。
その物語とは。古い中国がまだ残る一方、新しい改革のうねりが押し寄せ新旧の価値観が混在していた1990年代半ば、初恋の彼を追って同じ街にある別の理工系大学に入ったウェイは、相手があいさつもなしに米国留学していることにショックを受ける。落ち込んでいた彼女は同室の新入生3人と仲良くなり元気を取り戻す。ある日最悪の出会いをしたチェン・シアオチョン(マーク・チャオ)と大げんかをするが、嫌いなのに気になる存在の彼に恋していることに気付き、学内でも話題になるほどの猛アタックを掛け恋人にすることに成功。やがて幸せな学生生活が終わるころ、彼の気持ちが別にあることを知らされる。
恋愛や友情よりも海外留学など将来に役立つ体験や資格に価値観を置いた時代の空気感をリアルに描いた作品としてはピーター・チャン監督の「アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ」があり、こちらも大ヒットしている。当時は留学が憧れでもあったが、現在の視点で見ると必ずしもそうとは限らない。物質より精神的な満足感の方を重んじる人が増えているのではないか。それは中国の経済成長が日本や台湾、韓国と比べてもあまりにも速かったこととつながっているのかもしれない。「もっと良くなる」と信じて邁進したのに、心の中にぽっかりと空いた空虚感。本作はそんな今の中国人の思いをすくい取る作品だったと言えるだろう。
もちろん他にもヒットの要因と思われるものはある。「アジアの歌姫」としてこの20年余にわたって活躍するフェイ・ウォンが主題歌の「致青春」を味わい深く歌い、出演者には学園もの、あるいは恋愛もので引っ張りだこのマーク・チャオをはじめ、ヤン・ズーシャン、ハンギョン、ジャン・シューインらの若手実力派が顔をそろえる。制作にはスタンリー・クワン監督が控え、脚本はヒット作の常連、リー・チャンが手掛けた。そして原作はネット小説の人気作家シン・イーウー。
経済発展著しいアジアからは今後も同様に過去を振り返りノスタルジーを感じさせる作品が作られ続けることだろう。
「So Young ~過ぎ去りし青春に捧ぐ~」は9月13日より新宿シネマカリテほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「So Young ~過ぎ去りし青春に捧ぐ~」の公式サイト
http://www.alcine-terran.com/soyoung/