第514回 「レクイエム 最後の銃弾」

「レクイエム 最後の銃弾」の一場面 (c) 2013 Universe Entertainment Ltd. All Rights Reserved.
この30年、香港映画ファンの間で事あるごとに話題になったのは「いま香港ノワールは元気かい?」ではなかったか。「男たちの挽歌」以来、数々の名作、話題作が作られて来た。しかし、この10年はジョニー・トー監督らの頑張りにもかかわらず、香港映画ファンが熱狂するほどの大ヒット作は生まれなかった。その停滞感を久しぶりに打破したのが今作である。2013年12月に香港で公開されると中国語圏映画の第2位を記録し、ハリウッドなど外国映画を含めても8位という好成績をあげた。
その原因は第一に脚本の面白さだろう。成長著しい中国経済に飲み込まれるかのように潤沢な制作資金を使った作品は次々に作られたが、それはファンが求める香港映画ではなかった。サビ抜きの寿司、あるいは山椒のかかっていないうなぎ(それが好きな方がいたら、ごめんなさい)とでも言うように。こだわりの味を出したくても、当局の審査に通らなくては制作やその先の公開もおぼつかない。どうしても“安全運転”となって、ギリギリの表現が出来ず、結果として魅力的な作品に結実させることが出来なかったのかもしれない。その点、今作は麻薬を含む奔放な犯罪描写や残酷な表現、そしてタイ国軍の協力を得たヘリからのド派手な掃討戦などのびのびした描写が敏感な映画ファンの心を捉えたのだろう。
脚本の大胆さに加えて作品が注目を集める原因になったのは、もちろん主演3人の魅力である。「奪命金」のとぼけた味が印象的だったラウ・チンワン、「ドラッグ・ウォー 毒戦」のルイス・クー、そして「ビースト・ストーカー/証人」のニック・チョン。最近の香港映画でもっとも売れっ子と言っていい3人が危険なアクションに果敢に挑戦する姿はやはり見応えがある。しかもアクションだけが売りの単純な作品ではなく、幼なじみの仲の良かった3人は共に警察官として麻薬捜査に全力を挙げるうちに友情と裏切りのはざまで苦しむという展開は、観客の共感を呼ばずにはおかないだろう。
「コネクテッド」でも壮絶なアクションと人間ドラマを交互に織り込むことに成功したベニー・チャン監督が自ら共同脚本も手がけた作品は後半、意外な展開が待ち受けるサスペンスアクションである。

同 (c) 2013 Universe Entertainment Ltd. All Rights Reserved.
ティン(ラウ・チンワン)、チャウ(ルイス・クー)、ワイ(ニック・チョン)の仲良し3人組のうちチャウは麻薬組織の一つであるハクの組に長く潜入捜査している。妻が臨月でそばにいてあげたいが、ハクの新しい取引先であるタイの麻薬王ブッダに近づくチャンスがあるためティンは潜入を続けるようチャウに指示する。タイ警察と協力し3人はブッダの取引現場に向かったが、情報が漏れ、ヘリからの激しい一斉掃射により警察は全滅する。生き残った3人はブッダの娘を人質に逃げるが、ワニの生息する川が迫る崖っぷちに追い詰められ、ワイを見殺しにしてしまう。
5年後、ティンは捜査ミスの責任をとる形で左遷され、逆にチャウは出世して麻薬捜査班のトップに。やがて香港の新興麻薬組織とブッダの組織との争いが起こり、二人の前に死んだはずのワイが現れる。なぜワイは生き延びたのか、麻薬王の命運は、そして3人の新たな確執は……と後半もぐいぐいと興味を引きつける展開だ。
しかし、筆者は地味ではあるが後半のあるシーンに目が釘付けになった。ワイの母親が危篤になり、3人で見舞う場面。病室のベッドで迎えた母親は一番手前の椅子に座った
我が子のワイにではなく隣のチャウによく来てくれたと声をかける。どうやら認知症が進み、チャウが息子だと勘違いしているようだ。しかしチャウは彼女の勘違いを指摘するどころかワイになりきって母親と話をする。否定すれば母親が混乱し可愛そうとでも思ったのだろう。

同 (c) 2013 Universe Entertainment Ltd. All Rights Reserved.
実はチャウの取った行動は「相手の言ったことを否定しない」という認知症介護の基本的なマニュアルに沿う対応である。3人の仲が良く、ワイの母子の日頃の関係を知り尽くしているからこそ、彼女と実の親子であるかのように話せるのだということを観客に見せて行く。
映画は全編「男気」とアクションを売りにしているように見せながら、こんな細かな部分にもよく調べて描いているなと思わせる深みがある。ベニー・チャン監督、なかなか味のあることをするなと思った。
「レクイエム 最後の銃弾」は10月4日より、シネマート新宿ほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「レクイエム 最後の銃弾」の公式サイト
http://requiem-hknr.jp/