第560回「全力スマッシュ」

気迫十分の3人(左からイーキン・チェン、スーザン・ショウ、ジョシー・ホー) (C)2015 852 Films Limited Fox International Channels All Rights Reserved.
サッカーや野球ほどの派手さはないが、日本でも近年着実に人気を集めているバドミントン。人生の挫折を味わい尽くした男女がこのスポーツで生きる力を取り戻そうと激闘する姿を描いたアクション・コメディ。監督は「西遊記 はじまりのはじまり」でチャウ・シンチーと共同監督した香港のデレク・クォック。こう聞けば「少林サッカー」との相似点を嗅ぎつけるファンも多いと思うが、まさにその通り。だが、師匠とは異なるバランス感覚の冴えも見せている。

頼りなげな5人だったが…… (C)2015 852 Films Limited Fox International Channels All Rights Reserved.
かつてバドミントン女王の名誉をほしいままにしていたン・カウサウ(ジョシー・ホー)は、試合中に暴力事件を起こし、バドミントンの世界から追放されていた。兄の経営するレストランで雑用をこなす冴えない日々を送っていたが、ある日バドミントン同好会を名乗る怪しげな中年男4人組に出会う。最初はいぶかしんでいたカウサウは、人生を挫折した者に共通する心の傷を彼らに感じ、それでもなお必死にバドミントンに取り組もうとする男たちの姿に共感。眠っていたバドミントンへの熱き心を思い出す。やがて美しさを取り戻した彼女はリーダー格のラウ・タン(イーキン・チェン)に恋心を抱くのだ。

杭の上での特訓は危なっかしい (C)2015 852 Films Limited Fox International Channels All Rights Reserved.
包丁まで使った特訓をこなしながら彼らは徐々に力をつけていく。そこにマカオで開かれるテレビ局主催のトーナメントへの出場が決まり、勝ち進んでいく。
この展開は「少林サッカー」を彷彿とさせる。サッカーの名選手がトラブルに巻き込まれ負傷して引退。いまは生きるのに精いっぱいの男が、カンフーの達人ながら日雇い労働者という男を見付け、サッカーへの熱い思いを取り戻すという構成とそっくりだ。また、どちらも特殊効果を駆使して、超高速のキックやスマッシュを次々と打ち込み勝ち進んでいく。その「ありえねー」感が共に小気味いいのだ。
だが、違う点もある。それは結末だ。映画のネタバレにつながるような紹介の仕方はで本来は慎まねばならないが、すでに3月の大阪アジアン映画祭で3回上映され、いずれも満員の盛況だったということなのでお許し願いたい。

カウサウ(左)はラウ・タンに恋心を抱く (C)2015 852 Films Limited Fox International Channels All Rights Reserved.
その結末とは、ある事情があってカウサウたちのチームが「少林サッカー」とは違い決勝で敗退することにある。つまり準優勝ということになるのだが、2位ではあっても全力を尽くしての結果だし、やってよかったという達成感は味わっている。かつてと違い、いまは人生を肯定的に見ることができるようになったのだから、もうこれで十分とも言えるだろう。1位がすべてではなく、ほどほどの幸せにも価値はあるということである。
実はこのところアジア映画では、スポーツであれ料理コンクールであれ、技を競うイベントを描く映画は、その結果が一様に優勝ではなく2位という作品が多いのだ。同じ大阪アジアン映画祭に出品された台湾の「逆転勝ち」や料理コンクールの「祝宴!シェフ」もそうだった。実話を基にした「KANO 1931海の向こうの甲子園」も含めれば計4作品。このうち3作品が台湾映画というのも何か事情がありそうで気になるところだ。

香港映画ファンには懐かしいショウ・ブラザーズのロゴに似た同好会エンブレム (C)2015 852 Films Limited Fox International Channels All Rights Reserved.
こんな見方はできないだろうか。香港や台湾は政治や経済の結びつき、あるいは軋轢(あつれき)から常に大陸の目に見えない圧力を感じる位置にあることは十分に理解できる。今や何でも1位を目指し始めた感のある中国という存在が、無意識のうちにプレッシャーとなり、「自分たちが1位なんてそもそも無理だよ」、あるいは「努力した結果がそれなら、それで十分じゃないか」と考え独自の個性を尊重する空気が広がり始めているとは言えないか。いわゆる「ナンバーワン」より「オンリーワン」に価値を置く考え方だ。
これは今の日本にも当てはまりそうだ。世界第2位の経済大国の地位を中国に明け渡した日本にとって、この面で再度2位に返り咲く力があるとは考えにくい。軍事力しかりである。そんなことより相手が持っていない日本の優れた面を大事にし誇っていくことの方がはるかに現実的だ。探せばいくらでもある。たとえば平和憲法もその一つである。
映画の紹介から多少それた感もあるが、お許し願いたい。ともあれ結末を考え抜いたと思われる監督の感性を高く評価したい。
「全力スマッシュ」は10月10日より新宿シネマカリテほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「全力スマッシュ」の公式サイト
http://zenryoku-smash.com/