第572回 「禁じられた歌声」

「禁じられた歌声」の一場面 (c)2014 Les Films du Worso (c)Dune Vision
かつて西欧社会から“黄金郷”と呼ばれたこともあるサハラ砂漠の古都ティンブクトゥ。現在のマリ共和国に位置するこの町の近郊で起きたイスラム過激派による悲惨な事件に触発されたアブデラマン・シサコ監督が大事なメッセージを込めた作品だ。それは“暴力には暴力で”と繰り返される復讐の連鎖を断ち“寛容と共生”を願う深い思いである。

歌の好きな父親と母親に囲まれてトヤは幸せに暮らすが (c)2014 Les Films du Worso (c)Dune Vision
映画はいきなりイスラム過激派の兵士が銃を乱射して伝統の木彫り像を射的代わりに撃ち砕いていく映像から始まる。ジハードを理由に町を占拠し、住民たちから歌もタバコも禁止し、自由を奪い恐怖を増殖させていく姿を静かにとらえる。

トヤは牛の世話をするイサンと大の仲良し (c)2014 Les Films du Worso (c)Dune Vision
住民たちもただ言われるままに従っているわけではない。肌を露出させないよう手袋をして働けと命じる男たちに魚屋の女性は「手袋をしたまま魚など売れない」と怒鳴り返す。一方、サッカーを禁止された少年たちは目には見えないボールをまるでそこにあるかのように蹴り、受けとめ、つないでいく。哀しいけどユーモラス、舞のようでもあり、極めて風刺に富んだシーンだ。
人々は抵抗もするが、次第に追い詰められていく。女性への鞭打ちの刑や土の中から顔だけ出したカップルの公開処刑は人々を恐怖に陥れる。

過激派の手で行われる公開処刑が恐怖をあおる (c)2014 Les Films du Worso (c)Dune Vision
主人公であるトゥアレグ族の少女トヤは音楽好きの父親キダンや母のサティマと幸せな毎日を送っていた。イスラム過激派が街を占拠した後、混乱を避けてティンブクトゥに避難するが、漁師が網の中に迷い込んだキダンの牛を殺したのがきっかけとなり、一家の運命は音を立てて崩れていく。
西欧社会を揺るがすテロが相次ぐ中、暴力には暴力で対抗しようという声が高まっている。しかしシサコ監督の目線は冷静で客観的だ。たとえば父親キダンが漁師ともみあった際に隠し持った銃が暴発し漁師が死ぬ場面も、本来ならアップでリアルに撮るところを超望遠のロング・ショットを使い現実を超越した視点で描く。逆光の広大な川辺で展開されるその映像が神々しいほどに美しい。

ボールのないサッカーゲームが不思議な余韻をもたらす (c)2014 Les Films du Worso (c)Dune Vision
また過激派も冷酷非道な人たちと決めつけるのではなく、住民には禁じたタバコを平気で吸ったり、娘に会いたいと懇願する父親の訴えに、たとえポーズではあっても耳を貸すなど人間としての一面も見せている。
シサコ監督はモーリタニア生まれ。マリで育ち、ロシアで映画を学び、フランスで暮らす。異なる文化や様々な出会いの中で育まれたしなやかな精神は、アフリカ大陸を覆う不正と暴力を告発するだけでなく、イスラムは暴力で人々を抑圧する不寛容な世界という西欧社会からの一面的なとらえ方を否定し、逆に暴力には空爆など暴力で対抗しようとする西洋諸国側の不寛容さをもあぶり出す。
ティンブクトゥを舞台に、イスラム教にも寛容と共生の精神があることを伝えたかったというのが監督の映画作りの思いだったのだろう。その夢が十分にかなった時、黄金郷は再び輝きを取り戻すかもしれない。
「禁じられた歌声」は12月26日よりユーロスペースほか全国順次公開。【紀平重成】
【関連リンク】
「禁じられた歌声」の公式サイト
http://kinjirareta-utagoe.com/
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