第584回「光りの墓」

「光りの墓」の一場面。ジェンは眠る兵士イットの世話をする (C)Kick the Machine Films/ Illuminations Films
アクションもなければ、歌や踊りもない。いつもエンターテインメントとは対照的な作りで、正直言えば眠くなることさえある。それでいて見るものを魅了してやまないのがアピチャッポン・ウィーラセタクン監督である。
タイ東北部の緑濃い木陰や、風通しの良い部屋、病院、前世、広場での体操といったお馴染のモチーフは、もちろん出てくる。今作ではそこに混乱するタイの政治状況への思いも重ねられているという。

不思議な光の装置が優しく兵士たちを包み込む (C)Kick the Machine Films/ Illuminations Films
タイ東北部イサーンに建てられた仮設の病院が舞台。元々は学校だったこの病院に原因不明の眠り病にかかった兵士たちが収容されている。ここでは色を変えていく不思議な光による療法が施されていた。そこに松葉づえをついた女性のジェンが現れ、身寄りのない兵士イットの世話をはじめる。一方、病院には眠る兵士たちの魂と交信する特殊能力を持つ若い女性のケンもいて、2人は親しくなる。やがてジェンは、病院がある場所はかつて王様たちの墓だった所で、王様たちの魂が兵士の生気を吸い取り、今なお戦を続けているため、兵士たちが眠っているのだと教えられる。

目覚めたイットと寛ぐジェン (C)Kick the Machine Films/ Illuminations Films
ここで、この作品の主題である「眠りと戦」が浮かび上がる。もちろん映画の中では戦闘シーンなどは出てこない。監督の故郷イサーンは牧歌的であり、暴力とは無縁だった。そこで生まれ育った監督が銃が火を放ち血が飛び散るような映像など作りたいと思うはずがないことは十分に理解できる。しかし近年のタイでは政治的対立が常態化し、クーデターも多発している。そんな現実に耐え生きていくためには、たとえ現実逃避と言われようと、眠ることがさしあたって一番の選択肢であると言えないだろうか。眠ることができれば少なくとも嫌な現実を見なくて済むのだから。

ジェンは兵士たちの魂と交信する特殊能力を持つ若い女性のケンと親しくなる (C)Kick the Machine Films/ Illuminations Films
すべての兵士が眠ってしまえば、そもそも戦にはならないのだから平和が訪れることは間違いない。しかし、監督はそのようには描かない。それより病院、木の家、学校、映画館といった、これまで繰り返し映画に登場し、実は彼の映画制作の原動力になっている何気ないもの、あるいはスピリチュアルなものにも力があると信じて映画の中に取り込んでいるのだろう。それらは映画の中で溶け合い、戦よりも大きな力になるのだと。

ゆっくり色を変えていく
光りには影があるように、ものには表裏があり、夢と現実という対比もある。監督は夢を描く事でどうにもならない現実と、その先の夢を描こうとしたのではないだろうか。いつものようにユーモアと優しさに包まれたこ光の世界を。
眠って夢を見るのがいいのか、目を見開いて現実を見るのがいいのか。そのどちらも必要だ。ラストでジェンが大きな目を見開いて見たものは……。
「光りの墓」は3月26日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。【紀平重成】
【関連リンク】
「光りの墓」の公式サイト
http://moviola.jp/api2016/haka/