第586回「フリーランス」のナワポン・タムロンラタナリット監督に聞く
「すれ違いのダイアリーズ」が近く日本公開されるなど、タイ映画への関心が徐々に高まっているが、3月の大阪アジアン映画祭でABC賞に輝いた本作もタイ映画の勢いと広がりを見せる作品だ。インディーズの監督ながら、タイ最大手のGTHから才能を見込まれ人気俳優をキャスティングして昨年のタイで第2位の興業収入をたたき出したナワポン・タムロンラタナリット監督に聞いた。
--タイでの原題は「病むな、休むな、医者を好きになるな」という意味だそうですが、3番目の意味はどういうことですか?
「タイでフリーランスの人は、これもダメ、あれもダメ」と自分に規律を課す人が多い。よく言われるのは『病むな、休むな、死ぬな、仕事しろ』という言い回しですが、この映画の中ではお医者さんとの恋愛も少し入っているので、そこだけを変えたのです」
--ということは誰でも知っている格言とはちょっと違う?
「仕事が不安定なので、フリーランスはいつでも仕事ができる態勢でいなければいけない。だから休むなとか、逃げるなというのはあります。もしそうやって断った場合はもう2度と電話はかかってこなくなる恐れもある」
--でも、お医者さんの話だからちょっと変えたということですね。
「ええ、やはり、お医者さんに気があると仕事に影響が出てきますよ。お医者さんのことを考えて仕事が手に付かないとか、仕事のペースがゆっくりになるとか」
--十分考えられますね。この格言が気に入ってしまったんですけれども。
「ありがとうございます」
作品は、フリーランスのグラフィックデザイナーが過労で病院に行き、そこで同じように仕事熱心で美人の女医の診察を受けるが、それからというもの、どうにも仕事に身が入らなくなり、果たして彼の心の病に効く薬は見つかるだろうか、というお話。
--この作品、観客はタイの若者中心だと思いますが、どういう反応があったんでしょう。
「ほとんどの人が気に入ってくれて、特に大学生から新卒で仕事を始めた人、もしくはある程度仕事の経験がある若い人たちでした。ただ高校生は見ても分からないので、好きじゃないと言われたこともあります」
--受け入れられたのはなぜだと思いますか?
「一つは主人公のユンの考えていることがナレーションで入るシーンが度々ありますが、ほかの人では実際そう思っていてもなかなか口に出す勇気がないようなことを代わりに大胆に言ってくれるところがスカっとしたんだと思います。あと大学生とか新卒の会社員は遊びすぎや仕事のしすぎで寝不足になって体力が落ちるということがあるので、自分の境遇に似てるな、と思ってくれたのでしょう」
--そのへんは世界共通だと思いました。
「日本人もああいうふうになります?」
--過労の問題は似てます。でも映画のように全身にポツポツが出るようなことはないと思います。ただ免疫力は落ちますね。何かウィルスが入ってきたときにはねつけるパワーが落ちてくる。そうするともともとあった病気が悪さを始めるわけです。風邪をひいたり。で、なぜポツポツにしたんですか?
「見えやすい症状として選びました。例えば肺がんだと症状が見えないですが、ポツポツだと、どれぐらいひどいか、あるいは治ったのかがわかるし、自分もあそこまでではないですけれども発疹が起きたこともあるので」
--女医さんの診察している姿がすごくエロチックに感じたんですけれども。そのへんは狙ったのでしょうか。後ろから首筋とかをのぞき込むように見ているんですけれども、その目の表情などが。
「それは意図していないんですけれども(笑)自分としてはロマンティックのつもり、コメディのつもりだったんですけれども、そういうふうに見えてしまったのですね」
--私がいけないんですね。ここでサニーさんにお聞きしたいのですけれども、この作品に出てよかったなと思うような部分がありましたら教えてください。
(サニー・スワンメーターノン)「僕はこの脚本を読んだときにこのキャラクターが好きになりました。自分の身近にいないキャラクターだし、こんな脚本が書ける人がいるのだと思って、すごくワクワクして喜んで引き受けたのです」
--たぶん好きになった脚本だから表情がすごく自然だったんですね。
(サニー)「そのキャラクターを自分なりに解釈して、この人だったらどう動くかなとか、どういうモットーを持っているかとか考えながら演じました」
--その女医さんとの言葉のやりとりが、何かいいなという感じなんですね。無言の表情というのがいい。彼女も無言で、無言同士で交わす笑みがいいんですね。
(サニー)「ありがとうございます。それは意図どおりです」
--また監督にお聞きしたいのですが、この2人を選んだ理由は?
(監督)「この2人のキャラクターを演じられる役者はタイで探すのが難しかったんです。なぜかと言うとユンというキャラクターは一人の人間の中にドラマチックな部分、シリアスな部分、コミカルな部分があって、さらにロマンチックな表情も見せなければいけないので、それができる俳優はなかなかいない。それでサニーさんに演技を見せてもらった時に、彼ならこの3つを演じきれるだろうと思って選びました。あと女医役のタビカ・ホーンさんは時々しか出ない役でした。時々しか出ないけれども短い時間で特別な存在感を出せる女優じゃないといけないと思いました。彼女はタイではスーパースターです。でもこの役を演じられるかどうか分からないので演技を見せてもらったところ、できたんです。普段はすごくモデルらしいオーラがあるのですが、あえて普通のお医者さんを演じさせるのが面白いなと思いました」
--普通の女医さんを演じさせる工夫はあったんでしょうか。
(監督)「彼女がこれまで演じてきた役柄って時代劇しかなかったんです。でも、もともと彼女が持っている素の部分があります。それを引き出して演じてもらいました。今までそういう役を依頼する人がいなかったというだけです」
--彼女が出た前の作品は「愛しのゴースト」。そのときの演技よりも遥かによかったですね。
(監督)「やっぱり脚本のタイプが全然違います。『愛しのゴースト』は登場シーンが多いし、こちらは少しでしたから」
--それに幽霊ですからね。普通の人を演じるわけにはいかないですものね。さて、サニーさん。まだ今度の作品がヒットしたばかりですけれども、今後どんな作品に出たいですか?
(サニー)「どんなキャラクターを演じたいかというのは考えたことないですけれども、良い脚本に出会えればそれを読んだときにキャラクターは作れると思います」
--ということはまたこの2人での組み合わせはあるんでしょうか
(監督)「可能性はあると思いますが、やはりキャラクターがサニーさんに合えば。合わなかったら提案しません。
--いま2人で話している様子が楽しそうでした。日本のファンに向けて。普段のサニーさんはどんな人なんでしょうか。
(サニー)「LINEの履歴見せればどんな人か大体わかりますよ」
--やっぱりLINEはお好きなんですね?
(サニー)「観光で日本に来るのもすごく好きです。自分の場合はこれが仕事、これが休み、これが遊びっていうふうに分けてはいなくて。どれも好きなのでどれも混ざっている感じです」
--お気に入りの漫画はあるんですか、LINEの?
(サニー)「ONE PIECE(ワンピース)のルフィ」(尾田栄一郎の漫画『ONE PIECE』に登場する主人公モンキー・D・ルフィ)
--きっとファンは喜ぶでしょうね。やっぱり広がってるんですね。それと関連するんですが、タイ映画を見ているとあまり外国という印象を受けないんですね。日本人俳優が出たり、日本の製品や漫画が出てきたり。もともと障壁がないのか、だんだん障壁が下がってきたのか。そのへんを監督にお聞きしたいです。
(監督)「日本人とタイ人に共通する興味のある内容というのはあると思います。例えばタイ人は日本の漫画をたくさん読んでいる。あと映画ですけれども、北野武監督の間のとり方にちょっと似ていますよ」
--どの作品が?
(監督)「例を出すと、例えばムエタイを練習して、ヤクザを倒すんだって言って、次のシーンではすでに倒されているシーンがあったりとかね。
--全部描かないという……
(監督)「やっぱり編集の仕方っていうのは漫画の言語だと思うんです。そしてアジア人に共通する感情、フィーリングだと思うんです。なぜなら、こういう場面がいきなり変わるという編集の仕方はヨーロッパの映画には見られない」
--そういう意味でも障壁がどんどん下がっているという感じですね」
(監督)「さっき言い忘れたんですが、タイ人が日本映画を見ても自分とそんなにかけ離れていると話だとは思いません。やっぱり文化が近いんだと思います」
--互いに刺激しあって、また面白い作品を。監督は多彩で評論家もされているし、脚本家でもある。今後もこうやってマルチでやっていかれるんでしょうか?
(監督)「そうですね。今も全部やっていますけれども、これからもそのつもりです」
--楽しみにしています。
【紀平重成】
【関連リンク】
大阪アジアン映画祭の公式サイト
http://www.oaff.jp/2016/ja/