第621回 「姉妹関係」のトレイシー・チョイ監督に聞く

「姉妹関係」のトレイシー・チョイ監督(2017年3月11日、大阪で筆者撮影)
第12回大阪アジアン映画祭の監督インタビューシリーズの第2弾は、主演のフィッシュ・リウが「来るべき才能賞」に輝いたマカオ・香港映画「姉妹関係」のトレイシー・チョイ監督に聞く。
同監督の初長編作品は生まれ故郷のマカオが舞台だ。台湾の小さな町に住むセイ(ジジ・リョン)は新聞の尋ね人欄で自分の名前を見つけ15年ぶりにマカオを訪れる。マッサージパーラーで姉妹のように仲良く働いていたリン(ジェニファー・ユー)が亡くなったのだ。1999年、マカオがポルトガルから中国に返還されたその日、祝賀行列の人波の中でリンから突然別れを告げられたのはなぜか? セイ(フィッシュ・リウ)の自分探しの旅が始まる。
--撮影で一番苦労されたところはどこですか?
「準備の段階が一番大変でした。私の初めての長編映画で、ずっとこの機会を待っていたのですが、いざやるとなると、どうしても緊張してしまう。どうしたらいいのか、その準備がとても大変でした」
--でもキャスティングがどれも素晴らしかったです。そのへんの苦労は?
「キャスティングで一番難しかったのは、4人の少女が中年になってからのパートですね。中年にはある種中年の危機とでもいうべきものがある。私はまだ経験していないので、正直よく分からない。そういう経験のある女優さんにやってもらえると、彼らと議論をするときに色々と教えてくれたりするわけですね。とてもラッキーだったのは、脚本が完成してジジ・リョンさんにそれを送ってオファーしました。予算もあまりないので、彼女が興味を持ってくれるのかと不安でしたけれども、彼女が気に入ってすぐ返事がありました。これが決まってからは他のキャスティングはやりやすくなりました」
--ジジ・リョンさんはその脚本のどういうところが良かったと言っていましたか?
「彼女が気に入ってくれたのは2点ありました。一つは彼女自身は演じていないのですが、女性2人の若いときのパート。姉妹のような情感の部分にとても心惹かれたと。もう一つはセイの結婚した夫との関係。彼はとても優しくて、一生懸命尽くしてくれますが、自分はどうやって彼に恩返しができるかというところが気に入ったと言います。映画が完成してマカオでプレミアを行った際に、ジジ・リョンが初めて完成作品を見て、フィッシュとジェニファーが演じた2人の若いときの部分は、姉妹の情感が現れていて、すごく良かったと言いました」
--この作品はどういうところから生まれたのでしょうか?
「私が台湾の大学で映画の勉強をしていたときに、授業の一環で脚本を書きました。その物語はこの映画と同じようにマッサージ嬢をテーマにした作品でした。実はマカオにいる母親の友達の中に、他の友達と全く違う感じのする人がいて、母親が言うには90年代にマカオでマッサージ嬢をやっていたそうです。私にとっては彼女たちは特別な存在のような気がして、それで彼女たちをモデルにして、この脚本を書きました」

「姉妹関係」の一場面。(c)2016 One Cool Film Production Limited. All Rights Reserved.
--それが今回のような作品に生まれ変わったのは何かきっかけがあったんでしょうか?
「私が台湾で勉強してマカオに帰り、それから香港の大学で映画関係のマスターコースを勉強しました。卒業してまたマカオに戻ると、話が脚本とは少し離れますが、当時マカオ政府が初めて映画制作支援の企画を立ち上げて、ファンドを用意して投資しますよ、ということでした。私がマスターコースを勉強していたときの先生は、今作品のプロデューサーの一人ですが、私を連れ、この脚本を持って映画会社のドアを一軒一軒叩き、投資してくれませんか?と交渉してくれました。その結果、今の『天下一』という製作会社が「やりましょう」と言ってくれました。マカオ側からも投資してくれる人が現れたので、脚本を書き、映画の制作にゴーサインが出ました。ここまでに約3年間かかりました。
--Q&Aなどでも触れられていましたけれども、マカオと香港は姉妹にあたり、そこに現れた男は中国をイメージするのかというような質問が出て、「ご想像におまかせします」というお答えでしたけれども、そのあたりについて念のためお聞かせください。
「そのバックグラウンドなんですけど、香港とマカオの関係はさておいてですね、むしろマカオの宗主国ポルトガルと中国の関係を私はいろいろと考えてみたのです。映画の中で90年代はいろんなシーンがフラッシュバックしています。その中にポルトガルに関する要素も映画の中に取り入れられているのです。たとえば映画の中に出てくる1人の男性はハーフですよね。地元生まれのポルトガル人という言い方をするのですが、お店で缶詰やカステラを売っていたりする、そういう人たちも実はいる。純粋な中国人ではない」
「たぶん覚えていらっしゃると思いますが、女性2人が返還の日に大げんかをします」
--階段のところですね。
「はい。大げんかをするシーンのバックに流れている音楽は実はポルトガルの国歌、さらに花火が上がります。私自身の周りにはハーフのポルトガル人のお友達がいっぱいいます。中国返還に関してはマカオにいる中国人の多くは割と喜んでいたのですが、ポルトガル国籍の人たちはどこかちょっと、何かを失ったというか、落ち込んだという気持ちが割と強いわけです。この部分はマカオの主権に関することではなくて、なにかこう…友達を失ってしまったような、そういう失楽感があります。したがって返還の日のこの晩は、こういったポルトガル系の人々にとってはとても悲しい日でした」
--それはよく伝わってきました。監督になって一番嬉しかったことはなんでしょうか。
「やっぱりみなさんに物語を語る、ストーリーテラーになれるというのは嬉しいですね」
--3年かかって、いろんなところを回ったときに「これは映画になる」という確信があったのでしょうか。
「そうですね。この3年間はある程度自信にはなりました。というのはマカオ政府の助成というのがほぼ決まっていまして、映画は撮れるんです。問題はそれ以外の投資、予算が得られれば、つまりエクストラの予算ですね。映画の中でどういった役者を使うのか、そういうことに影響を与えることになるわけです。やりながら3年間待っていて、他の仕事もしなければならない。ちょっといろいろと考えていたんですけれども、私としてはこの映画が撮れるかどうかではなく、むしろ撮ってからこの映画をいかに多くの人の目に触れさせることができるか。どうやって観客の数を増やすことができるのかをずっと考えていました」

セイ(ジジ・リョン)はマカオでリンの遺児ら関係者を訪ね歩く(c)2016 One Cool Film Production Limited. All Rights Reserved.
--この作品が上映されたのはマカオと香港ということですか?
「はい」
--反応はどうでしたか?
「上映されてから批評家のみなさんの映画評は割と好意的で良かった。まだ公開中ですので、興行成績については分からないんです」
--現在もマカオと香港の両方で公開中?
「マカオはすでに終わりました。市場は小さいですけどね」
--その2つ以外では中国あるいはアジアで上映される機会はあるんでしょうか。
「今台湾側と話し合いをしているところです。中国大陸とは配給の話は進められていますけれども、結構時間がかかって、向こうで果たして上映できるかどうかちょっと分からない状態です。まだ話し合い中です」
--台湾が成功するといいですね。日本もいけるんじゃないかと思いますけどね。
「じゃあ帰ったら会社の同僚たちに言います」
--テルオカさんが選んだ作品ですから。香港映画の凋落がよく話題に上がりますが、それについて監督はどう思われますか?
「そうですね、私自身も香港映画を見ながら育った世代なんですね。私が思うには、黄金時代、いわゆる80年代以降に比べますと、今の香港映画の生産量は確かにだいぶ落ちて、昔ほど盛んではないですが、でも内容はかなり変わってきていると思います。今回もそうですが、若手・新人の監督のみなさんと来日して、みなさんといろいろな話をしていて気がついたのは、今の香港映画そのものが方向転換をしようとしているんじゃないかと。というのは、以前はある種決まったジャンルにすごく集中して撮るのですが、例えば警察モノだとか。でも最近の若い新人監督は割と新しいビジョンを持っていて、新しい何かを、香港に関する何かを語りたいという傾向が非常に強い。しかもジャンルも決まっていなくて、いろんなジャンルがある。これも私にとってはとても香港らしい。新しい香港で非常におもしろいと思うんですね。たぶん期待できると思います。

3月10日に開催されたHONG KONG NIGHTであいさつするジェニファー・ユーさん(左)、フィッシュ・リウさん(大阪アジアン映画祭提供)
--そうすると次回作もお聞きしたくなりますけれども。
「1つ2つぐらい構想中のものはあります。私にとっては今回の作品のテーマがマカオでしたが、どうもまだマカオについては語りきれていない要素があって、次の作品の中でも表現したい。今回の『姉妹関係』はどちらかと言うと90年代のマカオを舞台に当時の美しい楽しい思い出みたいなものが取り入れられて作られた映画ですよね。私が次に撮りたいのは今のマカオ。そこで何が起きているのか、どんな出来事があるのかということを撮りたいのです。外国のみなさんはマカオを見るときにはどうもカジノという風に思われるみたいですが(笑)、でもカジノを支えているのはやっぱり人間ですよね。マカオの人間なんです。ご存知のようにマカオの人口の80%の人はなんらかの形でこのカジノと職業で関わりを持っているのです。この人達がどういう生活をしているのか、どう支えているのかというのが私には非常に興味深くて、描きたいことなのです。この人達はカジノの存在でしっかり稼いだのですが、お金はいっぱい持ったけれども、ひょっとしたら自分の本当の生活を失ってしまったのではないかと思います。こういった部分を次の作品の中で描きたいと思っています」
--すごく興味深くて、早く見たいです。ありがとうございました。
【紀平重成】
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「大阪アジアン映画祭」の公式ページ
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