第625回 「レモ」と南インド映画祭

「レモ」のSK(シヴァカールティケーヤン=右)と恋人(キールティ・スレーシュ)
「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」の日本公開以来、1本の作品にかけるインド映画人の途方もないエネルギーに驚愕し、インド映画にハマる人が後を絶たない。そして今、お湯がピチピチと沸騰し始めたかのように全国に広がるインド映画愛のうねりは、とうとう東京と大阪で初の南インド映画祭開催という新たな果実までもたらした。
ご存知のようにインド映画イコール、ムンバイを中心としたヒンディー語映画圏の「ボリウッド」ではないし、各言語に合わせ、いくつもの映画圏でそれぞれの特徴を生かした作品が多量につくられ支持されている。

インドの「レモ」のポスター
今回の南インド映画祭はタミル語、テルグ語、マラヤーラム語、カンナダ語映画といった普段なかなか見られない南インド地域の映画を12本まとめて見ることができるまたとない機会である。その面白さをご紹介するために筆者が選んだのは、主催者も絶賛するラブコメの「レモ」(原題「Remo」)である。
恋も仕事も手に入れたい俳優志望のSK(シヴァカールティケーヤン)は、オーディションに女装した上で看護師として演技することを求められる。同時に彼は、街中で一目ぼれした相手の医師(キールティ・スレーシュ)が勤める病院に、彼女の特別推薦で看護師として採用される。

看護師姿が似合うSK
恋も仕事もという作戦が順調に展開し始めたのは、女装の彼があまりにも美しく、また口の達者なことも身を助けたのだろう。しかし、出足は良かったものの、彼女の愛を射止めようと、いくら策略を巡らせても、そのたびに次々と大波小波が押し寄せ、インド版『トッツィー』の行方もハラハラドキドキだ。いわば、どんでん返しの連続で、このアップダウンの流れに乗って作品を楽しめるかどうかが、作品の印象の決め手になりそうだ。

インドの「レモ」のポスター
バーギヤラージ・カンナン監督のうまさは、適度に本音と現状批判を織り混ぜ、社会的な課題に敏感な層の心をくすぐる一方、ラブコメで娯楽色をまぶしエンタメ作品としても一級の仕上がりにしている点である。あれもこれもと欲張りすぎると、普通は展開が強引になりかねない。実際、この女装看護師は、この上なく美しいだけでなく、ピンチに際してのアクションも、あり得ないほど強過ぎて、そんなのあり?と叫びたくなるほどだが、もはや感情移入している観客(私も)は、さらなる活躍を望んでしまう。このさじ加減が巧みなのだろう。
仕事がないのに求婚?とSKが周りから呆れられたり、彼女が家族の決めた縁談にしばられ、本当は好きな彼との結婚に踏み切れないなど、伝統的な結婚・家族観を皮肉るかと思うと、「男は女性の顔と体しか関心がない」などと男の本音を語らせる会話を挟み込むなど、ドキリとする場面に事欠かない。

マリリン・モンローをイメージしたポスターも
筆者のお気に入り場面は、SKが彼女の許嫁に対抗し、本物の愛を告げる方法は、「これ、この通り」と演出するところや、彼の母親が息子の選んだ女性をすっかり気に入って、「(あの子を)義理の娘にしたい。夢に一途であれば、いつか叶えられる」と息子を応援しようとするセリフだ。どこかで見たことのあるようなセリフやシーンもなくはないが、タミル語映画ファンには良く知られている有名作品へのオマージュも入っているのかもしれない。
観客を楽しませるサービス精神旺盛なるインド映画のことなので、終盤のどんでん返しの波状攻撃も大いに堪能していただきたい。【紀平重成】
南インド映画祭は東京が4月30日~5月11日、ユーロライブで、大阪は4月29日~5月12日、シネ・ヌーヴォで上映。
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