第647回 日本最南端の旧西表炭鉱をなぜ「緑の牢獄」と呼んだのか 黄インイク監督に聞く

インタビューに答える黄インイク監督(2017年10月16日、筆者写す)
東シナ海に浮かぶ西表(いりおもて)島。沖縄県の八重山諸島に属する同島は、沖縄本島より台湾の方が近い。この地理的な事情から、島の西部にあった旧西表炭鉱には明治の半ば以降、第2次大戦中まで、台湾から多数の労働者が出稼ぎに来ていた。労働条件は悪く、また働いた分に見合う報酬が支払われず、クモの巣に絡んで逃げられなくなった獲物のような状況から、美しいマングローブに囲まれた島の姿と重ね合わせ、監督は「緑の牢獄」と呼ぶ。
この島に台湾から移り住み、炭坑労働者の食事の世話をするなど当時の様子を知る唯一の生き証人が橋間おばあと呼ばれる橋間良子さん(92)だ。彼女を3年に渡って取材し、その膨大な記憶の森の中から父親の肉声テープや写真などのアーカイブ資料だけでは埋めきれない部分を再現映像の劇映画でつなぐ歴史再現映画作りの計画が今進んでいる。

西表炭鉱の生き証人の橋間おばあ(c)2016 Moolin Films, Ltd.
八重山ドキュメンタリープロジェクト「狂山之海(くるいやまのうみ)」で、台湾から石垣島に移り住んだ移民家族の物語を描いた「海の彼方」(本サイト第636回でご紹介)の黄インイク監督による同プロジェクト第2弾。
黄監督は橋間おばあの記憶を基に、彼女の人生を三つに分けた。最初は戦前の日本による台湾統治時代。台湾で生まれた彼女は当時の風習である「新婦仔(シンプア)」として幼少時に西表島にやってきた。将来結婚する相手の家の養女であり、夫は兄でもあった。小さい時から嫁ぎ先に尽くすような人生だったが、成人後は7人の子どもに恵まれながら、次々に子どもたちは家を去り、いまは一人で暮らす。

緑に覆われる炭鉱跡(c)2016 Moolin Films, Ltd.
二つ目は西表炭鉱が日本の敗戦とともに事業を終えるまでの時代。おばあの父親は台湾から炭鉱労働者を集め島へ送り込む仲介者だった。半ばダマされて連れて来られた人もいた。今の時代からは考えられないことが行われていても、おばあも周囲の人も疑問を差し挟む余地はなかった。
三番目は敗戦とともにやってきた米軍統治時代と日本復帰の時代。生きながらえた炭鉱労働者たちは廃墟になった炭鉱のことを忘れ、道路や港湾の建設に駆り出される。おばあは炭鉱時代と同様、労働者の食事の世話をして暮らしを立てた。沖縄の日本復帰を機に帰化し今の日本名に変えている。誰もが過去の歴史を忘れたようにふるまっているが、監督は「今も記憶の中の牢獄にいるようなものではないでしょうか。誰が被害者で加害者なのかはっきりさせられない。親の行為を判断しづらくなり、家族の謎になっている。おばあの家族が親に無関心になった理由の一つかもしれません」と推測する。

体力の衰えが心配される橋間おばあ(c)2016 Moolin Films, Ltd.
島には日本の大きな炭鉱会社が人集めまで直接管理するケースもあったが、台湾からの人集めでは間に下請けが入り末端の現場にまで国の目が行き渡らない構図になっていた。実際台湾から駆り出された労働者は犯罪者やゴロツキもいて、台湾にいられないか、あるいは食うためにやむを得ず選択した人が多かったという。西表炭鉱では報酬は炭鉱内の店でしか使えない切符が支給され、仕事がきつくて逃げようにもマングローブに囲まれた離島のため逃げることもできず、さらにモルヒネ中毒にさせられるなど弱者から金をむしり取るアリ地獄のような構図が出来上がっていた。
本来は美しい自然を象徴するマングローブの森が、この島では過酷な牢獄を思い出させる記号になっている。そして明治以降、膨張する帝国主義の狭間で、国の目が行き届かない辺境の地に、どのようなことが行われていたのかを後世に伝える貴重な遺産であることをアピールしているとも言える。
プロジェクトの「狂山之海」という名前について黄監督は「台湾から見て、山が海の向こうにどこまでも続いている八重山の海というイメージです。狂うの文字を入れたのは八重山の台湾人の歴史を考える上で、狂っている時代もあったという意味で付けました」と話す。

マングロープの森が続く西表島(c)2016 Moolin Films, Ltd.
橋間おばあの記憶を映像化する再現映画制作資金をクラウドファンディングで募集中。
「ドキュメンタリーはお金が無くても撮影を始めることができますが、再現映像はセットの用意や演じる人の訓練などたくさんの資金を必要とします。その資金集めのためにクラウドファンディングを始めました。集まったお金に合わせて、再現映像の方法も変わって来ます。様々な特典がありますので応援をお願いします」と黄監督は訴える。
心配なのは高齢の橋間さんが年々体力が落ちてきていること。デモテープでは水を汲みに谷側に降りていく元気な姿がとらえられている。映画は来年10月完成、同12月試写会を目指している。【紀平重成】
【関連リンク】
「緑の牢獄」を含む八重山ドキュメンタリープロジェクト「狂山之海」公式ページ
「緑の牢獄」制作支援プロジェクトのクラウドファンディング公式ぺージ