第698回 「22年目の記憶」
ともに芸達者のソル・ギョングとパク・ヘイルがぶつかり合う親子確執の物語。しかもソル・ギョングの役は南北首脳会談に備えて極秘に行うリハーサルで本物の韓国大統領と渡り合う北朝鮮の最高指導者・金日成(キム・イルソン)の代役という前代未聞の設定だ。どこまで最高責任者に似せることができるのか、展開に不自然さはないか。期待と不安を胸に見た結果は……。
そもそも1972年に初の南北首脳会談が行われた際、リハーサルがあったという記事をイ・ヘジュン監督が読んだことがきっかけで企画された作品。とはいえ、リハーサルの中身やどのような準備が行われたのかなどは不明で、どちらかと言えば代役のオーディションで主人公に抜擢された売れない役者のソングン(ソル・ギョング)が厳しい訓練をこなし、家族をも顧みないほどに打ち込んで、やがて金日成その人のように振舞い始めていく姿が最大の見せ場だろう。
金日成に似た人は探せばそんなに苦労しなくても見つかると思うが、その物腰、手ぶり、目ヂカラなど生身の体から発せられるオーラは簡単には出せないであろう。前半の訓練段階ではソル・ギョングがソングンの演技を通じて体現しようとする北の実力者はどうしてもソル・ギョング本人にしか見えず「似ていない」というのが正直なところの感想だった。
しかし、その後の政治状況の変化で一度は金日成の代役という大任が日の目を見ることなく終わったかに見えたが、22年後の94年、自らを北の権力者と思い込む年老いたソングンのところに再び大きな仕事が舞い込む。患った認知症が進行したからなのか、あるいは彼の執念が自身を「あの人」と思わせるに至ったのか。
外見上は似ていなくても演じる姿から金日成を彷彿とさせることは可能かもしれない。ただしそれは演技というよりは演技を超えて核心に迫り実物以上に本物に成りきることが求められるだろう。終盤に用意されているクライマックスシーンでは演じる主人公に乗り移ったかのように演じるソル・ギョングの快演が見られるはずだ。ちなみにメイク・アップの担当者は「演技より良いメイクはない」とも話しているという。
少年期から始まり社会人になってからも父親に翻弄されてきた息子テシク(パク・ヘイル)は自分は親に見捨てられたと恨み続ける。そんな思いをぶつけるように、ある目的から同居を申し入れる。その目的を果たすのに必要なものを捜す中で彼が見つけたものは思いもかけないもの。父への長年の誤解が解けるほどに大事なものだった。不信、恨み、そして新たな思い。そんな感情の変転をパク・ヘイルは的確に演じ分けている。
2人の演技合戦と並んで注目したいのは、ピョンチャン冬季オリンピックに合わせて始まった南北首脳会談を始めとする南北融和の動きと映画の展開が重なって見えること。本作の実際の制作は2014年だが、日本公開が遅かったためまるで昨年の南北首脳会談を想定して作られたようにも見えるから面白い。しかも映画の中で実現した主脳会談のリハーサルでは韓国の大統領が核問題にこだわって協議を進めようとすると、代役のソングンは「核問題以外にも大事な議題がある」と応酬するなどいかにも本物の会談らしい内容になっている。偶然かも知れないが、映画の制作に先立っての取材は十分にされたように見える。
仲代達矢が主演した小林政広監督の「海辺のリア」には「22年目の記憶」と同じように認知症が進んだと思われる元役者がリア王そのものになったかのように劇中のセリフを突然そらんじる感動的なシーンがある。時に認知症の人にも見られる記憶の「覚醒」なのか、あるいは役への執念が高じてのことなのかは不明だが、人間の不思議さを感じさせる名場面で気に入っている。そんな作品を今年も見ていきたい。
【紀平重成】
「22年目の記憶」は1月5日よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開。
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「私のアジア映画ベストワン」は集計の上、近く発表いたします。投稿者の中で最も支持されている作品は何か? 映画館に駆けつけたくなる作品は見つかるか? どうぞお楽しみに。