第731回「セカイイチオイシイ水~マロンパティの涙~」
人が生きていく上で欠かせないものは水。その水をテーマにした映画の名作といえば枯渇した井戸の使用権をめぐって2つの村が対立する姿を描いた中国映画「古井戸」がある。そのほかにも「黄色い大地」や「KANO 1931 海の向こうの甲子園」では水の貴重さを映し出す忘れがたいシーンがある。「水問題」は東アジア共通のテーマだろう。
フィリピンを舞台にした本作は別の角度から水問題を扱っている。首都マニラから300キロ南にあるパナイ島の田舎町パンダン。海水や汚染水混じりの井戸水しかないこの地区では村人の多くが腎臓病などに悩まされていた。友人に誘われるままに軽い気持ちでパンダン水道建設工事プロジェクトに参加した女子大生の明日香。空港で迎えたのは日本人ボランティアの田中で、乗せられたジープはこの先が思いやられるようなボロ車だった。
不安な思いに揺れる明日香に近づいてきたのはホームステイ先の5歳の少女アミーだ。疲れを癒す明日香に一杯の水を大事なものであるかのように捧げ出す。見たところなんの変哲もない水に、明日香は困惑するばかり。
実はこの水はアミーが明日香に飲んでもらおうと10キロも離れた水源までひとりで行って汲んできた貴重な水だった。「この水はアミーが、明日香のために汲んできたんだよ」
と聞いて明日香は礼を失した態度を詫びるのだった。
次の日、現場責任者の岩田の案内で工事現場に行くと、強い日差しの中、土を掘っては導水管を埋めていく遅々とした作業と、いまなお太平洋戦争の禍根から日本人に反発する現地の人々の鋭い眼差しが待ち受けていた。それでも明日香とアミーは絵本と折り紙を通じて仲良くなっていく。しかし、そのアミーも腎臓病に蝕まれていた。
この作品には「マロンパティの精水-いのちの水の物語-」(小嶋忠良著・PHP研究所)という原作があり、そもそものきっかけは1990年にフィリピンからの留学生が「故郷のパンダン町に井戸を掘ってほしい」という依頼の電話を公益社団法人アジア協会アジア友の会にかけてきたことからだった。調査のため同国を訪れた友の会スタッフは井戸建設もやり遂げなければいけないが、その前に戦争で町民の犠牲者120人を出したことで悪化している対日感情の改善が先決と考えたのである。
プロジェクトは寄付を集めて資金問題などを乗り越え、94年の第一次ワークキャンプから98年まで計18回、延べ260人のボランティアが参加して終了。マロンパティ湧水池から町までの全長10キロが全通し、2700世帯1万4000人に給水されている。
映画にも出てくるが、地元の小学校で文化交流プログラムとして折り紙教室が開かれ、日本のイメージアップに貢献したという。折り紙というと普通は鶴をイメージするが、パンダン町ではワニも折られた。町の伝説によると、湧水池にマロンパティという名のメスのワニが棲み、彼女を求めて2頭のオスのワニが争いどちらも死んでしまったことを悲しんでマロンパティが泣き続けた結果、この涙が湧き水になったというのだ。湧水には世界各地で似たような話があるが、折り紙のワニはエピソードにふさわしく可愛い作りになっている。
明日香役には美声女性ユニット「elfin’」の辻美優、現場責任者の岩田に元プロボクサーの赤井英和が扮したほか、可愛い笑みで観客を魅了するアミー役にはフィリピンを代表する子役俳優のミエル・エスピノーザがキャスティングされた。
実は日本公開に向けて彼女の来日が予定されていたが体調不良により直前になって中止に。事前に寄せられていたコメントを紹介したい。
「外国の映画に参加するのは今回が初めてなので、お互いのことを理解できるのか、はじめは少し不安でした。しかし、時間が経つと、私たちは笑顔やうなずきで言いたいことを伝えて、一緒に働けるようになっていました。このような感動的な映画に関わり、アミーの役を演じる機会を与えられたことに感謝します。映画を観た方は、このストーリーから多くを学べると思います。私はまだ子供ですが、たくさんのことを学びました。フィリピンや日本だけでなく、世界中でもっとたくさんの人がこの映画を見てくれることを願っています!」
彼女に会いたかった!
「セカイイチオイシイ水~マロンパティの涙~」は9月21日よりユーロスペースほか全国順次公開中
【紀平重成】