第761回「ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画」

「はやぶさ2」の活躍で我が国の宇宙への関心はますます高まっているが、火星探査プロジェクトを苦労の末に成し遂げたインドも事情は同じようだ。とりわけ予算なし、やる気なしの閑職チームをひとつにまとめ上げ、また燃料代を大幅に節約しようと家庭料理からヒントを得た実話をもとにする作品である。インド国民にどれだけ夢と勇気を与えたかは想像に難くない。

そもそも、インドで宇宙開発計画の専門機関としてインド宇宙研究機関(ISRO)が設立されたのは半世紀前の1969年。当初は実績で先行するソ連の技術力を借りて国産衛星を打ち上げていたが、80年には自前のロケットに国産衛星を搭載して打ち上げに成功。打ち上げ時のロケットから搭載する衛星まで自国で賄える世界で7番目の国になった。月に人まで送り込んだアメリカや実績のあるロシア、そして急速に力をつけてきた中国は別格として3国に準ずる宇宙開発国と言えるだろう。
月や小惑星の探査に比べると本作で描かれる火星周回探査は天体自体の重力場が大きいため難しいと言われる。それでも日本や中国に先んじてアジアで初めて成し遂げたということは、インドにその能力と計画を続けていくだけの意欲があったということだろう。

実話をもとにした映画の中でチームを引っ張ったのは次の2人。インド初の宇宙探査計画として月探査機の打上げが失敗に終わり、プロジェクト責任者のタラ(ヴィディヤ・バラン)とラケーシュ(アクシャイ・クマール)は「閑職」に異動させられる。新しい任務は火星探査プロジェクト。誰もが実現不可能と考えているからこそ、のんびりした空気が支配する。
仕事は研究職でも家に帰れば主婦のタラは家政婦が家庭料理のプーリー(揚げパン)を揚げるのを見て火星まで飛行する燃料費を節約する方法を思いつく。その方法とは揚げパンを揚げる時のようにエンジンをつけたり消したりするというものだった。「時期尚早」という慎重派の総裁にラケーシュが「今の倍働けば2年でできます」と熱弁をふるいプロジェクトが認められる。

しかし、チームに集められたスタッフは経験の浅い、言ってみれば二軍の寄せ集め。時間通りに出退勤しない人もいてチームはバラバラだった。そこでタラは「科学者としての誕生パーティ」なるものを開き、自分が科学者を目指した時のエピソードを語ると、ほかのスタッフもそれぞれ自身の若かりし頃を回想し、忘れていた科学者としての思いを取り戻すのだった。
その後も予算不足で事業継続が危ぶまれることがあっても、そのたびに女性陣から「中断している月探査用の機器を利用すればいい」といった名案が出され危機を乗り越えて行く。ラケーシュが「女性は夕食の残りを翌朝の朝食に使います」と言えば、総裁は「家庭の節約術を使うんだな」と応じるなどプロジェクトへの理解と協力度は深まっていった。
そして、2013年、スタッフのアイデアと努力が詰まった火星探査機「マンガルヤーン」が火星へと打上げられた。果たして探査機は火星の周回軌道へ無事に到達できるだろうか。

成功物語が興行的に成功するには次々と現れる困難をリーダー以下のスタッフが一丸となって乗り越えて行くという展開が必要だ。本作も「なぜ仕事を辞めない?」と責める夫に対し「やりたいことを我慢して幸せになれる?」とタラが返す印象的な場面がある。登場人物のセリフにはジェンダーを意識した言葉が巧みに取り入れられ、一国の宇宙開発というレベルにとどまらない普遍的な問題が描かれているのである。
それにしても『パッドマン 5億人の女性を救った男』と同じ製作スタッフと主演のアクシャイ・クマールが参加した本作。ライバルの中国には負けるなという観客側のナショナリズムをくすぐるメッセージもプラスに働いたのだろう。『パッドマン』を上回る大ヒットとなったのもうなづける。個人的には『女神は二度微笑む』のヴィディヤ・バランがプロジェクトリーダーのタラを貫禄十分に熱演。女神からおばちゃんに堂々の変身をしている様子に親しみを覚えた。
映画のヒットに貢献したかどうかは分からないが、モニターや様々な機器が並ぶコントロールセンターで民族衣装のサリーを身につけたスタッフたちが生き生きと働く姿に新鮮さを感じた。いわば現代の「女神たち」。実際の衣装はどうなのだろうか?
『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』は 1月8日より新宿ピカデリーほか全国順次公開【紀平重成】
『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』の公式ページ