第407回 だから好きです 「台北映画祭」

「女朋友。男朋友」の一場面。ジョセフ・チャン(手前)とグイ・ルンメイ
「台北電影節(台北映画祭)に行くよ」と映画好きの友人たちに言うと、「おっ、グイ・ルンメイの新作を見に行くんだ」と返って来た。
そう。いま台湾でも最も売れっ子の一人で、香港や大陸からもオファーが殺到する人気女優。ファンを公言してはばからない筆者のことをよく知る友人たちは当然新作を見に行くものと考える。
しかし、6月29日オープニングのその作品「女朋友。男朋友」(ヤン・ヤーチェ監督)はチケットがなかった。売り出してすぐ完売してしまったのである。
すごい人気、と感心している場合ではない。すでに航空券と宿も手配済み。行かない訳にはいかない。あらゆる手を尽くし、最後は当日券にも希望を託したが、会場の台北市中山堂に来てみると、辛い事実を突きつけられた。「没有(メイヨウ)」、ありません、と。
彼女の新作を見ることができない映画祭なんて、と一瞬にしろ思ったことは事実である。しかし気持ちを切り替えねば来た甲斐がない。えーっと……、そうそう、今年で14回目になる台北映画祭と言えば、ここでかかった作品がその後の一般公開で大ヒットし、その勢いで秋以降の日本の映画祭で上映されたり、日本公開につながるケースが最近増えているではないか。

オープニング上映後にサインに応じる手前からヤン・ヤーチェ監督、一人置いてグイ・ルンメイ
秋はアジアフォーカス・福岡国際映画祭から始まり、東京国際映画祭、東京フィルメックス、NHKアジア・フィルム・フェスティバルと、アジア映画が上映されそうな映画祭が目白押しだ。これに賭けよう。
なんとか気持ちの折り合いをつけ、公開中のマーク・チャオ主演の「第一次」(ハン・イェン監督)を見る。中国映画でロケ地はアモイ。といっても彼は「モンガに散る」(ニウ・チェンザー監督)の大ヒット以来、中国映画から引っ張りだこ。「愛 Love」(同、台湾との合作)に続いてチェン・カイコー監督の「捜索」、そしてこの「第一次」と続く。

筆者がサインをしてもらった「女朋友。男朋友」のポスター
今作は香港のアンジェラベイビー演じる難病の女性とマーク・チャオ扮するロック歌手の純愛物語で、韓国映画「アメノナカノ青空」(イ・オニ監督)のリメークと言われる。
デートの約束をやむなくすっぽかした歌手が彼女に償いをする愛の告白は感動的だが、そのわけは……という展開が見所。
やや物足りなさを感じながら、ホテルに戻ろうと中山堂前を歩く。すると200人ほどの長い行列が目に入る。「女朋友。男朋友」はとっくに上映が終わっている時間だ。なんだろうと行列の最前列に行くと、テーブルを前にしてグイ・ルンメイや監督らがサイン会をやっているではないか。おーっ。
映画はいつか見ることはできるかもしれないが、サインをもらえる機会はそうはない。最後列に並んで待つこと30分。こちらもくたくただが、監督らはもっとしんどいだろう。それでも笑顔を絶やすことなく手を動かし続ける彼らに感動を覚えた。
グイ・ルンメイからサインを頂くのは、02年の東京国際で「藍色大門」(邦題「藍色夏恋」、イー・ツーイェン監督)が上映された際にファンミーティングに出て以来だ。笑顔は相変わらず素敵。ジョセフ・チャンには5年前に「花蓮の夏」(レスト・チェン監督)の日本公開の際、インタビューした。どちらも昨日のことのように思い出される。

「逆光飛翔」の一場面。裕翔(左)とチャン・ロンロン
その“再会”もうれしいが、時間無制限でファンに奉仕するスターの姿、そして並んだ全員にポスターをプレゼントして、そこにサインを書くというファンサイドに立ったサービスに台北映画祭のファン第一という姿勢を感じた。これは日本でも見習ってほしいものである。
同じ中山堂で翌日の夜見た「逆行飛翔」(チャン・ジュンチ監督)は今回台湾に来て良かったとしみじみ思わせる感動的作品。
台湾で有名な盲目のピアニスト裕翔本人が出演し、親身になって育ててくれた親元から離れ大学で学び始める学園青春もの。同時に目が見えない人は何に困り、どう対処しているかをドラマの中で見せていくという啓蒙色もさりげなく出している。その兼ね合いが絶妙だ。

サインに応じる右手前から裕翔、続いてチャン・ロンロン
しかも随所に笑いどころを仕掛け、そのたびに観客がどっと笑う。視覚障害者本人が演技をするというのは一種の賭けである。しかし監督の演出のうまさと裕翔の笑みを絶やさない自然な演技により本格的なエンターテインメント作品に仕上がっている。共演のチャン・ロンロンも美しく健気だった。

サインしてもらった「逆光飛翔」のポスター
この作品と在米中の作家、聶華苓の三つの人生を描いたドキュメンタリー「三生三世 聶華苓」(アンジー・チェン監督)、「美好2012」(アン・ホイ、ツァイ・ミンリャン、グー・チャンウェイ、キム・テヨン4監督によるオムニバス)などはもう一度日本語字幕付きで見てみたいものである。
3日目は朝からぐんぐん気温が上がる真夏の気配。少しでも涼を取ろうと中山堂4階の「蔡明亮珈琲走廊」へ。名前の通り映画監督のツァイ・ミンリャンが市の委託を受けてプロデュースしたカフェギャラリーだ。マンゴージュースを飲みつつメモをとっていると、ふと人の気配。見上げるとゆっくり通り過ぎるツァイ・ミンリャン監督と視線が合ってしまった。

ツァイ・ミンリャン監督がプロデュースした中山堂のカフェ「蔡明亮珈琲走廊」
07年に「黒い瞳のオペラ」が日本公開された時にインタビューしたが、どうやら覚えていないらしい。
元は廊下だった細長い空間にソファ席と監督好みの家具が飾られている。広々と明るい雰囲気にレトロな気配が溶け合う不思議なたたずまいだ。
帰り際に、せめて監督に一声かけたいものだと入口カウンター付近を探すと、内側で丸椅子に腰掛け休んでいた監督とまた目があってしまった。今度は満面の笑み。ああ覚えていてくれたんだ。「こんにちわ」。こちらも会釈して店を出る。なんだか幸せな気分だ。2泊3日の強行軍。でもやっぱり来て良かった。
台北電影節は21日まで。【紀平重成】
【関連リンク】
「台北電影節」の公式サイト
http://www.taipeiff.tw/