第409回 「かぞくのくに」のヤン・ヨンヒ監督に聞く
「ディア・ピョンヤン」「愛しきソナ」の2本のドキュメンタリーで北朝鮮に渡った3人の兄の家族と日本で暮らす両親たちとの分断と絆を描いたヤン・ヨンヒ監督。その待望の新作は初のフィクション映画である。なぜフィクションを撮ったのか、その動機と話題のキャスティングを監督に聞いた。
「フィクションを撮ろうと思ったのは、たとえば北朝鮮の兄の家族と話している時でも、カメラを前にしている時よりもカメラを置いた後の方が突っ込んだ話をしてくれるので、それを撮りたいと思ったからです。今回は手ごたえがありますね。やってしまったという感じです」
実際に話されたこと、体験したことを今度はカメラの前で作っていく。それはフィクションのようで、実感としては事実に近いということなのだろう。
これらの実体験をもとに監督はフィクションを交えて脚本にまとめたという。
1970年代に「帰国事業」で北朝鮮に渡った兄ソンホ(井浦新)が病気治療のため25年ぶりに一時帰国を許された。その期間はわずか3カ月。とはいえ家族は久ぶりにソンホに会うので落ち着かない。母親は到着予定時間のかなり前から家の外に出て今か今かと待ち構える。ソンホも懐かしい古里を良く見ようとはるか手前で車から降り、記憶を確かめるようにゆっくり歩く。
この導入部分が、家族再会の高揚した気分をよく表している。そんなわくわくした気分に冷や水をかけるのがソンホに同行して来た監視人のヤン(ヤン・イクチュン)である。彼は喜怒哀楽の感情などないかのように無表情のまま距離を置いてソンホの動向を見つめる。
高校時代の同級生が歓迎会を開いてくれる。相思相愛の仲だったスニ(京野ことみ)も遅れてやってきた。本来なら盛り上がるはずのこのシーン。しかしソンホはなぜか前夜の歓迎宴と同じくあまり食べず、心ここにあらずのように沈黙している。
そんな嵐の前の静けさのような空気が突如乱れる。妹のリエ(安藤サクラ)は兄から思いがけない相談を持ちかけられるのだ。この相談を兄に指示したのは、もちろんヤンである。
ネタバレになるので、相談内容の紹介は控えるが、監督は「ショックでしたね。ショックが大きいから、こうやって作品にまでしているのだと思います。この話を作品にするということは兄のことが今までよりはるかに心配です。家族にとっても組織にとっても封じ込めておきたい話です。でも拉致問題ではないですが、公にすることでなくしていきたいという思いがあります。でもその時は腹立たしくて仕方がなかった。国が分かれて対立していることがうちの家族にまで影を落としていると思いました」と話す。
怒ったリエはヤンの前に立ち「あなたもあの国も大っ嫌い」と吐き捨てる。しかしヤンは顔色を変えず、こう答える。「あなたが嫌いなあの国で、お兄さんも私も生きているんです。死ぬまで生きるんです」
リエの一刺しはヤンにはまったく痛くもかゆくもなかったようだ。しかし宮崎美子演じるオモニは母の強さと愛情の深さをヤンの胸の奥に送り届けたかもしれない。またリエ役の安藤サクラも理不尽な北朝鮮の指示に思わぬ抵抗を見せて観客を驚かすことだろう。ソンホを演じる井浦新は事情あり気な一時帰国の兄の複雑な心境を好演している。そして監視人をふてぶてしく演じたヤン・イクチュンである。
指令に忠実で必ずやり遂げるが、どこか人間味も漂う男というイメージにピッタリだが、オファーの成算はあったのか?
「最初から彼が演じてくれたら最高だなとは思っていましたので、シナリオを描いている時に話してみたのです。でも『息もできない』の撮影で疲れたので、オファーは全部断っているというのです。どうかなと思いつつ、とりあえず見てくださいと送りました。そうしたら、彼はびっくりして、北とつながりを持って日本で生きているコリアンのことを知らなかったというのです。それならソウルへ行くからと言うと、来なくていい、分かった、やりますという返事が来て(笑)。断ったらストーカーになられると思ったんじゃないですか。同じヤンだし、いいか、みたいに」
ヤン・イクチュンの好演も印象深い。
「素晴らしいですよね。ほんとに。ほんとに素晴らしい。素晴らしいですよ。ほんとに」
素晴らしいと3回も言うあたり、ヤン・ヨンヒ監督はよほど感激したのだろう。
「はい、撮影開始の2週間前にいらした時、北の訛りも完ぺきでした。脱北者にもたくさん会って役作りもしていて」
個人的にはヤンがソンホに付き添って初めて実家に来た時、コーヒーに砂糖を4杯も入れて美味しそうに飲むシーンが気に入っている。
いろいろな仕掛けがあり、人間の生き方から国家の暴力まで様々なことを考えさせる奥行きの深い作品と見た。
「かぞくのくに」は8月4日よりテアトル新宿、109シネマズ川崎ほか全国順次公開【紀平重成】