第437回 「故郷よ」そして福島よ
チェルノブイリと福島。その原子力発電所に隣接する町は、住人にとってかけがえのない美しい故郷だった。チェルノブイリの事故の当日とその10年後をフィクションで描いた「故郷よ」のミハル・ボガニム監督は、二つの事故の奇妙なつながりを感じるという。自分の作品が編集の最終段階に達していた、まさにその時、福島で起きた事故の映像はあまりにも自身の作品とそっくりだったからだ。またその事故が起きたことで、彼女の作品はベネチアや東京など世界中の映画祭から招かれた。「この作品にヒーローは出てきません。愛する故郷から離れ難い彼らの無念の思いを描きました」と言うミハル・ボガニム監督に聞いた。
「故郷よ」は原発周辺の立ち入り制限区域内で撮影された初めてのドラマだ。
「撮影はなかなか許可が下りませんでした。その理由は、まだ放射能の影響を受けて病気になる人がいるといったネガティブな映画を我々が撮ろうとしていると当局が心配していたからだと気付きました。そこで、そのような要素が一切ない偽の脚本を出してどうにか許可を得たのです」
1986年4月26日、チェルノブイリ原発の隣りにあるプリピャチ村で結婚式があった。体いっぱいの幸せをかみしめるアーニャだったが、夫の消防士ピョートルは「山火事の消火活動だ」とパーティ中を呼び出され、2度と戻らなかった。10年後、アーニャは観光名所となった無人の街をガイドする。
原発の技師アレクセイは事故の重大さに気付くが、それを誰にも告げることができない。強制退去命令が下る中、人々は何も教えられないまま村を去り、アレクセイは妻と息子を避難させた後、姿を消す。10年後、アレクセイの息子ヴァレリーは父を捜しに村をさまよう。
「爆発のシーンを直接描くことはしませんでした。センセーショナルに事故を描きたかったのではなく、放射能という目に見えないものの恐怖を訴えたかった。また事故当時だけでなく、今も状態は変わらず続いていることをしっかり表現したかったのです」
アーニャは髪の毛が抜け、かつらを常用している。美しい彼女のモデルはがんで亡くなったという。
事実を意図的に隠すのは問題としても、風評被害に悩む人たちがいることも事実だ。
「それでも真実を隠すことは反対です。とくに危険が伴うことは真実を伝えるべきだし、人々もしっかり認識すべきだと思います。同時に、この作品には人間と自然の共存や、一度の事故で人生や人との関係が引き裂かれてしまうこと、あるいは人々の故郷への限りない愛着といったこともテーマとして入れています」
アーニャがガイドとして村に戻ってきたり、ヴァレリーが父親のアレクセイを探しに来るのも、故郷への断ち難い思いがあるからだろう。
実際に立ち入り制限区域内の村に戻ってくるお年寄りがいて非難されたりするという。この構図は福島とそっくりだ。また内田伸輝監督の「おだやかな日常」では遠く離れた東京でも放射能の恐怖をめぐるとらえ方の違いから非難される母親が出てくる。放射能はよくよく地域の人々の関係を壊していくという性質があるらしい。
主演のアーニャを演じたオルガ・キュリレンコはウクライナ人。子供時代に原発の事故のため実際に祖国を離れなければならなかったという体験をしている。また「007 慰めの報酬」ではボンドガールも経験した。
いまプリピャチ村には、遊園地の開園目前に事故が発生したため、時が止まったかのように誰も乗ることのない観覧車がそびえ立つ。この先も子供たちが乗ることはない。観覧車は事故があったこと、そして目に見えない恐怖が今なお続いていることを伝え続けて行くことだろう。
「故郷よ」は2月9日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開【紀平重成】
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「故郷よ」
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