第480回 「光にふれる」
昨年の台北映画祭でこの作品を初めて見た時も強く印象に残ったが、盲目の天才ピアニストという役柄を演技経験のない本人が演じて見せたホアン・ユィシアン(黄裕翔)の笑顔がこの作品を成功に導いたと言えるだろう。もちろん相手役でダンサー志望のシャオジエを演じたサンドリーナ・ピンナ(張榕容)の好演や美しい映像と音楽が絶妙に溶け合った構成も観客を酔わせるに十分な魅力を備えているが、彼の笑顔がなかったら世界中でここまで感動の涙を誘い続けることはなかったに違いない。
生まれた時から目が不自由なユィシアンは演奏で色を表現できるほどのピアノの天才。さらに才能を磨くため、彼を支えてくれた田舎の家族と離れ一人都会の芸術大学に通い始める。ある日、ダンサーをめざしながら経済的な理由から夢を諦めかけているシャオジエに出会う。二人は互いに励まし合いながらそれぞれの夢に向かって歩み始める。
二人の出会いを印象付けるシーンがある。台北市内で初めての交差点を渡ろうとして戸惑うユィシアンを見かけ、バイクでドリンクを配達中のシャオジエが声をかける。「危ないよ。どこへいくの」。行き先を聴いて「私が連れて行ってあげる」という彼女にユィシアンは「配達中でしょ。いいの?」と答える。なぜそれを知っているのかと驚く彼女にユィシアンは「知ってるよ、前に声を聞いたもの。大学にも配達に来てるでしょう」
新入部員勧誘の喧噪のなかで一瞬聞いた“優しい心の持ち主”の声を思い出すことができる音感の鋭さと記憶力が素敵な出会いを演出したと言える。他にも彼の音楽的才能を示すエピソードがうまく脚本に取り入れられていて、その素晴らしい笑みと相まって、観客はどんどん主人公の魅力に引き寄せられていくことだろう。
相手役のサンドリーナ・ピンナは09年の東京国際映画祭で上映された「ヤンヤン」でもヒロインを演じた台湾の人気女優。美しい容貌に加え、ダンスの国際コンクールを目指して励む姿を熱演している。そのほか一人慣れない寮生活を送り始める息子を案じる母親を「モンガに散る」のプロデューサーで評価を高めたリー・リエが好演。さらにシャオジエを励ますダンス講師役として、台北とニューヨークを拠点に活躍するプロダンサーのファンイー・シュウも参加している。
今作が長編初作品となるチャン・ロンジー監督の駆け出しとは思えないキャスティングセンスの良さも光っている。ホアン・ユィシアンを描いたチャン監督の短編ドキュメンタリー「ジ・エンド・オブ・ザ・トンネル(黒天)」を見て彼の才能を見出したのが「グランド・マスター」のウォン・カーウァイ監督というところも面白い。
映画は学園青春ものとしての楽しさも盛り込みながら、同時に目が見えない人は何に困り、どう対処しているかをドラマの中で見せていく。その兼ね合いが絶妙だ。決して福祉だけの視点では描きたくないというチャン監督がホアン・ユィシアンという一個の人間の魅力を存分に知り尽くしたからこその判断であり、それが今回の主演抜擢にもつながったのだろう。
ホアン・ユィシアンは東日本大震災では復興支援のチャリティコンサートを日本でいち早く開催し、今月も再び来日し東北各県などで演奏を披露している。
筆者は昨年6月末、台北映画祭を見に行った際に、上映後のサイン会が長蛇の列で1時間を越えたにもかかわらず、作品同様に終始笑みを絶やさない姿に感銘を受けた。彼の笑顔自体が光と見なせば、映画のタイトルは多くの観客から共感を持って迎えられるだろう。
「光にふれる」は2月8日よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿ほか全国公開【紀平重成】
【関連リンク】
「光にふれる」の公式サイト
http://hikari-fureru.jp/
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