第498回 「南風」
「これは、まさに私のための映画だ」。台湾の風景から味、人情まで全部が好きな人なら、誰でもこう言ってハマってしまいそうな作品が、南からふうわりとやってきた。自転車で九フン(人偏に分)や淡水、日月譚といった風光明媚な場所を次々と回る。まるで観光映画のような装いなのに、なぜか味わい深い。萩生田宏治監督の巧みな演出が、心地良い日台合作作品を生み出した。
ファッション誌編集者の風間藍子(黒川芽以)は、いま絶不調だ。恋人を若い女の子に奪われ、仕事では意に沿わない部署に回される。しかし、新しい職場で台湾に行く企画を担当し始めてから徐々に空気が変わり始める。
今回の出張はサイクリングロードで自転車を走らせ台湾を半周するという取材旅行。藍子は自転車を借りた出発点の台北の店で16歳の少女トントン(テレサ・チー)と出会う。モデルになることが夢のトントンは、オーディション会場の日月譚に行くチャンスと考え、21歳と偽って、言葉も分らない藍子のガイド役を買って出る。最初は衝突ばかりしている2人だったが、旅の途中で台湾の青年ユウ(コウ・ガ)と日本のサイクリスト、ゴウ(郭智博)に出会い、次第に心を通わせていく。
出て来る場面は台湾好きの人ならご機嫌になるほどお馴染みの観光地ばかり。「悲情城市」のロケが行われ国際的な観光地になった九フンや淡水、日月譚は有名だし、徐々に知られて来た鹿港は、海からの強風を防ぐためにわざと曲がりくねった細い路地を張り巡らせたレンガ敷きの「九曲巷」が見逃せない。もうひとつ、鹿港には海の守護神、媽祖を祭る天后宮もある。また鉄道マニアにはたまらないローカル線「集集線」沿いの緑陰濃い道は南国情緒にあふれる。
次々と美しい景色に目を奪われていく合間に展開される物語には少々不自然な面もないわけではない。たとえば書店でトントンがファッション誌に載っていたオーディションの出場者募集ページを引きちぎるシーンが冒頭いきなり出てくるが、モラル的に言えばバツ。そうかと思うと、些細なことで互いに罵り合ったり、変顔をしたりと、いささか行儀も悪い。
いや、これはマンガと同時進行の企画だからという声も聞かれそう。実はまさにその通りで、映画とマンガの日台同時連動企画。ということで、映画自体もマンガのノリなのである。
台中に近い通霄という町では列車ホテルに泊まり、町で藍子とユウがデートするというシーンがある。古い水色の列車を改造したホテルは1両1個室で何やら豪華風。いろいろなアングルから描写して観客をうっとりさせるのかと思っていると、あっさり場面は変わり、デート中に藍子が深酒してユウにくだを巻く。
「女が東京で一人で生きていくということはものすごく大変なんだから」と日本語なので、つい本音が出る。ユウはそんな様子をニコニコ見守るだけ。
「女を棄てて、フンドシ締めて、男と戦わないといけないのよ。分かる~っ?」
こんな場面もある。日本統治時代の1908年に作られた苗栗県のレンガ製アーチ橋の「竜騰断橋跡」。橋の水平部分がいくつにも断裂し橋脚部分だけが残る痛々しさが漂う光景を見上げながら、「1935年と1999年の2度の大地震で崩れたの。99年の地震で、最初の救援国は日本。東日本大地震では台湾が一番寄付をした」とトントンが言う。
日台の親密ぶりを謳うのかと見ていると、ユウは「家族みたいな関係だ」と言う。「家族?」とトントンがいぶかしげに聞く。ユウは「そうだよ。相手を好きなのに時に嫌気がさす」。
気分が盛り上がり、「さあ」と身構えると、ドスンと落とされる。この少しずつ肩すかしをするかのような会話や展開が作品に奥行きを与えているのである。
合作だから仲良く、美しくと単純にはならない。この一歩引いた距離感が萩生田監督の持ち味なのだろう。
日本と台湾の若い女性は旅の終りに何かを見つける。そういう意味ではサイクリング・ロードムービーであると同時に、女性の成長物語と言えるかもしれない。最後に広島県と愛媛県を結ぶ「しまなみ海道」も出てくる。これもまた合作映画らしい終着点と言えるかもしれない。
「南風」は7月12日よりシネマート新宿ほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「南風」の公式サイト
http://www.nanpu-taiwan.com/