第527回 「薄氷の殺人」
グイ・ルンメイと言えば筆者は2002年の東京国際映画祭で上映された「藍色大門」(邦題「藍色夏恋」)を見て以来のファンだ。その際のファンミーティングにも参加し、彼女と握手して感動したり、12年には新作「女朋友。男朋友」(邦題「GF*BF」)の日本公開がまだ決まっていない段階で台北映画祭まで押し掛けたこともある憧れの人。本作も彼女見たさに鑑賞したようなものだが、作品自体も素晴らしかった。
もちろんグイ・ルンメイはますます美しく、新しい魅力を醸し出していたが、作品自体を覆う“不穏”な空気とでもいうような重たい空気の漂う作り方にしびれたのである。14年のベルリン国際映画祭でグランプリ(金熊賞)と男優賞の2冠をかっさらったディアオ・イーナン監督に非凡な才能を感じるのだ。
監督は「スパーシー・ラブスープ」「こころの湯」など話題作の脚本を手がけたこともあり、長編の監督作品としては今回が3作目。
1999年、中国の北部地区でバラバラに切断された男の死体が6都市15カ所の石炭工場で発見された。刑事のジャン(リャオ・ファン)が捜査を進めるが、容疑者の兄弟は逮捕時に隠し持った銃で抵抗したため射殺され、捜査は行き詰まる。その際に大けがをして警察を辞めていたジャンは5年後、しがない警備員として暮らしを立てていたが、元の同僚から警察が5年前の事件とよく似た手口の事件を追っていると聞き、独自に調べ始める。
二つの事件に共通するのは、被害者がいずれも若く美しいウー(グイ・ルンメイ)という未亡人と親密な関係にあったことだ。女房に愛想をつかれ飲んだくれて生活に問題のあるジャンは事件のカギを握るウーにひかれていく。それは危険と隣り合わせの行為だったが……。
作品を見始めていると、まず驚かされるのはカメラワークのうまさだ。元の同僚の車に乗ってウーの働く店に立ち寄った際、車内で待つジャンを手前にして、その奥に遠景として刑事と話すウーがぼんやり映る。店の前の街路樹に何かを埋めている様子だ。顔ははっきり映らない。
もう一人の主人公であるウーを近くから映すのはもっと後である。大事な人だと分かっているのになかなか本人をちゃんと登場させない。早くアップで見たいと観客に思わせる“焦らし”にも似た展開と合わせ、映画作りにこだわりを見せる監督のセンスを感じないわけにはいかない。
このほかにも印象に残る斬新なカットは続々と登場する。それは“不穏”な空気と緊迫した映像、闇に浮かぶ美しくも怪しげな灯り、原題「白日烟火」通りの白昼の花火を思わせるはかなさを次々に映し出す。まるで回り灯籠の絵を次々と見ていくような感覚すら覚える。
映画は後半、ドラマチックな展開の後、いったん解決を見るのだが、さらにジャンの理解を超える事実が明らかにされることになる。
さて、個人的にはグイ・ルンメイが一度も笑わない作品は好きではない。デビュー作の「藍色夏恋」から始まり、「言えない秘密」「海洋天堂」「ドラゴンゲート空飛ぶ剣と幻の秘宝」と続く作品群の中で、彼女の最大の武器である笑みを封印してしまった監督の剛腕ぶりには驚かされる。彼女の良さが限定されてしまわないかと懸念するのだ。しかし、こうも考える。笑みを抑え込んだからこそ怪しい魅力が浮き上がる、と。監督、うまいですね。
「薄氷の殺人」は1月10日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開【紀平重成】
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「薄氷の殺人」の公式サイト
http://www.thin-ice-murder.com/