第575回「15年私のアジア映画ベストワン」(2)
(第574回の続き) 韓国、インドと来たので、次は中国で行きましょう。
主宰する中国インディペンデント映画祭の準備のため、フィルメックスや東京国際映画祭にもあまり行けず、見た作品は多くないという中山大樹さん。「自分の映画祭では『凱里ブルース』が一番の話題作で、来場者も多かったのですが、個人的には『詩人、出張スル』が好みでした。昨年見た映画の中でも一番好きだった映画です。今年こそはたくさんの映画を見たいと思います」
東京都内の高校で教える蒋文明さんは「老炮兒」。「携帯電話で見ました。もしかしたら海賊版? 管虎(グアン・フー)監督が監督仲間の馮小剛(フォン・シャオガン)の主演で北京の胡同の人間模様や古い世代と新しい世代の衝突を描いた映画です。ストーリーそのものよりも馮小剛の演技は実に素晴らしいものでした。確かに彼はこの映画で台湾の金馬奨最優秀主演男優賞を獲得したはずです。日本で公開されるかどうかは分かりませんが、上映されるなら、ぜひ映画館で見てみたいと思います」
いよいよ3月に迫った大阪アジアン映画祭。超多忙の暉峻創三さんですが……。「迷うことなく『そんな風に私を見ないで』(英題” Don’t Look At Me That Way”) 。 モンゴル出身で現在はドイツを拠点とするUisenma Borchuの監督デビュー作。ヒロイン役も自ら演じている。最初に見たのはスチル写真。それだけで傑作の匂いがプンプンで、その後本編を見たら出だしの3秒でノックアウトされた。『勝手にしやがれ』で同時代的にゴダールの誕生に立ち会った人たちの興奮や驚愕は、きっとこういう感じだったのだろうな、とさえ思ってしまう。ドイツの都市とモンゴルの丘陵が、散歩して行き来できるような距離感で映画的に融合している」とワクワクするようなコメントです。はたして同作品は監督と一緒に大阪に来てくれるのでしょうか?
その暉峻さんが昨年の大阪アジアン映画祭に選んだ作品も続々登場します。ゆずきりさんのベストワンは「コードネームは孫中山」です。「男子高校生のたわいのない思いつきとその顛末という、ほんとうに日常的な設定と、自然なユーモア、それでいて、彼らのおかれた状況や心情をよく見ていて、温かい視線が感じられる映画でした。見ている間は、とにかく、間抜けでおっちょこちょいな行動に笑わされるのですが、そしてさわやかな後味なのですが、それでいて、真剣さも残るのです」
「全力スマッシュ」を挙げた勝又さんは「だって紛うかたなき“香港映画”だったから! 大スターとか超アイドルが出ているわけじゃない。感動巨篇でもなければ、大ハッピー・エンドでもない。主に中年以上の、人生すべったりころんだりしたあげく、でもまた起き上がろうともがく少々難ありの面々の奮闘が、ゆるく、アホらしく描かれ、結末もちょっと残念。映画なんだし優勝で華々しく終わってもいいんじゃない?と思うが、覇権を握るよりも、ポンコツなメンバーが、だからこそ支えあってここまでこれたことに価値を見出す、バカバカしいわりにはそう単純でもない筋運びに、どこか成熟したまなざしを感じ、こんな映画なのに(笑)後を引いた。あの終わり方はもしかして続篇を視野に入れているのでは?とも思うので、実はひそかに期待しています」
一方、前沢智八さんはブルネイの「ドラゴン・ガール」がベストワン。「アクション・シーンへのストイックさにとどまることなく、『ミーン・ガールズ』に代表されるアメリカ学園映画のフォーマットに則り、観客の幅を広げることに成功しているのは驚異的」。7位の「国際市場で逢いましょう」を含め4本が「15年私のアジア映画ベストワンに」選出され、同映画祭とベストワンのなじみの良さを感じます。
さあ、もう2本紹介します。「『映画ファンのための』韓国映画読本」を編集した千葉一郎さんは「海にかかる霧」でした。「人生八方塞がりになった男が、現状打開のために請け負ったヤバい仕事が、とんでもない結末に。程度の差こそあれ、今の世の中、似たような話は、そのへんにゴロゴロしているのかもしれない。主演は、コイツが出ていればその映画は大丈夫、という安心のブランド、キム・ユンソク。朝鮮族が絡んだ物語は、あの傑作『哀しき獣』と色濃くオーバーラップするし、八方塞がりになった男が……というプロットも共通する。元・東方神起の色男、パク・ユチョンも、かつてのアイドルオーラを完全払拭しての大熱演。ユチョン押しの宣伝に導かれて劇場に足を運んだ女性ファンのショックは決して小さくなかったに違いない。朝鮮族の女性を演じるハン・イェリが、『ハナ 奇跡の46日間』でメンタルの弱い北朝鮮選手を好演したあの女の子と同一人物だとはすぐにわからなかった。この子、イイね! 監督・脚本は、『殺人の追憶』で、ポン・ジュノとともに脚本を手がけたシム・ソンボ。やはり本作にも深く、重い、あの密度の濃い空気が流れている。つまりは、必見ということ」
最後にご紹介するのはまたまた台湾映画。mikikoclaraさんは「ヴィザージュ」です。「この作品は、ルーヴル美術館の委嘱作ということもあり、撮影が許可されたのみならず、スタッフにも振付家のフィリップ・ドゥクーフレや、クリスチャン・ラクロワが衣裳に名を連ねるなど、フランスの“国家プロジェクト”的側面があります。如何に本気で蔡明亮監督に“美しいもの”を撮らせたいと思っていたか。そのこってりと煌びやかなフランス的な美意識に負けず、やはりドラマツルギーは蔡明亮監督なのです。
死者との関係を象徴的に表すシーンが2つあって、ひとつは台北の李康生のアパートで、ファニー・アルダンがフランソワ・トリュフォーの本を手に取り、亡くなった母親から手渡されたリンゴをかじりながら読むシーン、もうひとつはアパートの冷蔵庫を整理しようと、冷凍になったものや、残り物にラップをかけたお皿を、ひとりの娘が取り出すと、もうひとりがしまい直すシーン。『それは捨てるでしょ?』と言われながら、黙々と元通りにするシーンです。蔡監督は、この撮影の頃、お母様を亡くされたそうです。死者との関係が続く、幻想的な描き方と非常にリアルで日常的な描き方が入り混じっているところに蔡監督らしさを感じます。強い個性を持ったフランス的な美学に対し、それを力でねじ伏せて、無理に
自分の作品にするのではなく、他の才能を受け入れ、他の蔡明亮作品とは全く違う空気感をはらみながら、最後はいつものように『蔡明亮』とサインが入る作品になっている。映画とは個人の才能だけで作れるものでなく、複数の才能の結晶であると思うのです、敢えてコラボと銘打たなくても。そのオーケストレーションが上手くいった夢のように美しい映画でした」
皆さんいかがでしたか。熱いコメントを読んでいて、またまたいい映画をじっくり見たくなりました。