第577回「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」
ニューヨークを舞台にして、モーガン・フリーマンとダイアン・キートンの大物俳優同士が初共演する作品と聞けば、もう、それだけで話題作になると期待してしまうだろう。ところが映画は40年間ともに暮らしたアパートメントの部屋を売りに出す3日間を描くだけで、大した事件も起きず、いわば小品と言っていい作品。でも、さすがである。観客は二人の深い愛を堪能し、個性的で一風変わったニューヨーカーたちを好きになるに違いない。
主人公はもちろんモーガン・フリーマン演じるアレックスと、ダイアン・キートンふんするルースの夫妻だが、やがて観客は陰の主役がニューヨーカーをはじめとするニューヨークという街自体であることに気づくはずだ。
ニューヨークのイーストリバーをはさんでマンハッタンの東側に位置するブルックリン。ウィリアムズバーグ橋を望む眺めのいいアパートメントの最上階に約40年前の新婚以来仲睦まじく暮らしている画家のアレックスと妻のルース。唯一気になることと言えば、アパートにエレベーターがないため年長のアレックスには散歩や買い物の後に5階まで上ることがきつくなっていることだ。ルースは夫を気遣い、部屋を売ることを決断するが、アレックスは妻の熱意にほだされ、やむなくその計画を承諾したものの、実のところは家を売りたくなかった。
ルースの姪でやり手の不動産業者のリリー(シンシア・ニクソン)が間に入ったこともあり、内覧会には購入希望者が押し寄せることに。その前日、愛犬ドロシーが急病にかかり動物病院にタクシーを飛ばして駆け付けようとするが、テロ騒ぎで市内は大渋滞。平穏だった日常はアレックスの揺れる心同様にざわつき始める。屋上菜園付きの部屋は無事に売れるのか、代わりの新居は見つかるのか、そして夫妻が選んだ道は……。
映画を見て初めて知ったのは、現にアレックス夫妻が暮らす場所で内覧会が行われ、購入希望者だけでなく冷やかしや“内覧会マニア”までが部屋をぐるぐると回っていくのを誰もが当然と思っていることだ。中には母親と一緒に来た少女がアレックスの部屋でくつろぎ、クールに人々を寸評したり、調度品で遊んだりする。居場所のなくなったアレックスのため息をつく表情がいい。
物語はマンハッタンのセントラルパーク東側のアッパー・イーストサイドに狙いを定めた新居選びと、売り出す物件との価格差を巡る夫妻の熟慮と駆け引きも交え展開していくが、「こんないい所に住んでいるのに、どうして引越しをするの」「エレベーターがなけりゃダメ」とニューヨーカー自身が日頃考えていることに十分に配慮しているため、会話がリアルで、より身近に感じられる物語になっている。
そして描かれる舞台はニューヨークというエキセントリックな都会だが、住所選びはその人の生き方と強くかかわっている普遍的なテーマであることを改めて気付かされるのである。
「アニー・ホール」や「赤ちゃんはトップレディがお好き」などの印象に残る作品で知られるダイアン・キートンは、長年モーガン・フリーマンとの共演を望んでいたが、今回ようやくその夢が実ったという。
一方、引く手あまたのモーガン・フリーマンも小品への出演に意欲を見せ、妻を愛し、長年親しんだ住まいと新居との間で揺れる思いをリアリティたっぷりに見せている。
監督は「リチャード三世」や「ウィンブルドン」のリチャード・ロンクレイン。老いを感じた人が、余生は下り坂と必ずしも思う必要はなく、元気を取り戻していくことは十分に可能だというメッセージを込めている。
モーガン・フリーマンとダイアン・キートンという願ってもないカップルに、さらにニューヨークという場所を得て、また今日も前を向いて歩こうかなという気にさせる作品だ。
「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」は1月30日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開。
【関連リンク】
「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」の公式サイト
http://www.nagamenoiiheya.net/