第640回 「新感染 ファイナル・エクスプレス」
お隣りの韓国で昨年の興行成績1位を記録した超大作。時速300キロを超える高速鉄道を舞台に、謎のウイルスに感染したゾンビ集団と人間とのサバイバルアクションが売り物だ。感染者が増殖するスピードと列車の疾走感がクロスし、ドキドキ感は存分に楽しめそうだが、派手な仕掛けに目を奪われているだけでは勿体無い。極限状態に置かれた人間が取る行動に正解はあるのか? それは本心? そんなことを考えさせる奥の深い作品なのである。
韓国高速鉄道KTXによる20両というノンストップ長大列車の車内での物語と言えば、ポン・ジュノ監督の「スノーピアサー」を思い出す人も多いだろう。「スノーピアサー」は永遠のエネルギーを得て最初から走り続けることが運命付けられており、一方のKTXはウイルス汚染の爆発的拡散という国家非常事態の発生で止むを得ず安全圏と言われるプサンまでノンストップで突き進む。どちらもレールに沿って一方向に進行するしかなく、最初から選択肢は限られている。その先にあるのは希望か? それとも絶望? 先の見えない分、終末観に包まれているところも共通する。
ファンドマネージャーのソグ(コン・ユ)は妻と別居し、幼いひとり娘のスアン(キム・スアン)とソウルで暮らしている。そのスアンが誕生日はプサンにいる母親のところに行きたいと言い出し、ソグは仕事の合間をぬって娘をプサンまで送り届けることにした。プサン行きの高速鉄道KTXに乗車した2人だったが、ソウル駅周辺は不穏な空気に包まれていた。そして列車の発車寸前、様子のおかしい一人の若い女性が転がり込みトイレに閉じこもる。謎のウイルスの感染者が急激に増えていくのはその後だ。
SARS(重症急性呼吸器症候群)のように目に見えないウイルス汚染の広がりも不気味で怖いが、全身に血管の浮き出た形相鋭い感染者に噛み付かれた人が見る見るうちにクローン人間のようにまた別の人に襲いかかって感染者を増やしていくという展開は、フィクションとは分かっていてもグロテスクで怖すぎる。
胸が締め付けられるような激しいパニックアクションが続く中、事件に巻き込まれた乗客たちは次々と厳しい判断を迫られる。主人公のソグとスアンの親子をはじめ、妊婦(チョン・ユミ)と夫(マ・ドンソク)、野球部員(チェ・ウシク)と恋人(アン・ソヒ)の家族やカップルが離れ離れになってしまうのだ。駆け付けて救おうにも、その行く手には獲物を狙う感染者の満ち満ちた列車が何両も続いている。愛する者を守るため死を覚悟しての戦いが始まる。
だが、手傷を負いながらたどり着いた彼らを待ち受けていたのは、「新たな敵」だった。
脚本が優れているのは人間心理の複雑さをリアルに描いていることである。地位や人脈を利用して自分だけ助かろうとする人たちがいるかと思えば、エゴむき出しの男が事態の進展とともに人を助けることの大切さに気づく。あるいは生き残るための集団エゴ。場面が異なれば人は善人にも悪人にもなれるという人間の弱さと美しさを見事にスクリーンに焼き付けている。
ヨン・サンホ監督はこの作品の前日譚である「ソウル・ステーション パンデミック」で感染爆発の怖さを格差社会を背景に衝撃的に描いたほか、その以前にも「我は神なり」でエセ宗教を生む社会の病理をあぶりだしたインディーズ系社会派のアニメーション作家だ。本作は初めての実写長編映画ということになるので、今後が楽しみだ。また両アニメ作品は今秋、相次いで日本公開が決まっているので、本作と併せて鑑賞することをお勧めする。
「新感染 ファイナル・エクスプレス」は9月1日より新宿ピカデリーほか全国公開【紀平重成】
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