第662回 「エターナル」のイ・ジュヨン監督に聞く
今なおアジア映画のスーパースターであり続けるイ・ビョンホンが、脚本を見て気に入り、出演を即断したといわれる本作。その結末に至る心は異国をさまよう旅人のごとく浮遊し、彼だからこそ演じられると見ることもできるだろう。脚本誕生にまつわる秘話をイ・ジュヨン監督に聞いた。
証券会社支店長のカン・ジェフンは、オーストラリアに語学留学する妻に仕送りをする一方、仕事にも恵まれていた。しかし、安定していた生活は不良債権事件をきっかけにガラガラと崩れ落ちる。失意のジェフンは家族に再会するためオーストラリアへ向かうが、彼が見たのは隣りのオーストラリア人男性と家族のように親しく行き来して暮らす妻子の姿だった。ショックを受けたジェフンは、ストーカーのように家族の様子をのぞき始めるが……。
−−最初に脚本を書くときからあのラストは想定されていたんですか?
「シナリオは体系的に書かれたものではなくて、エンディングだけでも数十通りあったんです。何度も書き直した中で一番最後に選んだのが今回のエンディングでした。私は何かショックを与えようとか、ものすごいどんでん返しを見せるためにこのエンディングを選んだわけではなくて、どうしたらより後悔の念が強くなるか、さらに悲しい気持ちになるかを考えて選択しました。初めての人がものすごくエンディングを期待して見ると、えっ、これで終わりなの?と思うかもしれないですね。だから難しい」
−−そのエンディングについて脚本の指導を受けたイ・チャンドン監督はどのようなコメントをされていますか?
「実はその前に書いていたエンディングは、どれもつまらないって言われたんですね。そのたびに私は書き直して、いろんなエンディングを考えたんですけど、最後に選択したこのエンディングに関しては、これでイ・チャンドン監督からダメ出しをされたら、もう辞めるしかないと思っていたのですが、幸い、おもしろくないとは言われませんでした。監督は、ああ、この映画の主人公の運命はこれだ、このエンディングを活かせるようなかたちでもう1回書いてみたら?と言ってくれて、シナリオを完成させることができました」
−−順番としてはシナリオがまずあって、それからキャスティングというかたちでしたか? それとも監督の頭の中では、書いているときからイ・ビョンホンにやってもらえたらという思いがあったんでしょうか?
「実はこの作品は全く映画として制作されるということは考えていなかったんですね。ところが私が書いたものをたまたま見たある方が、シナリオをイ・ビョンホンさんに渡してくれたんです。それで映画化する可能性が出てきたわけなんです。普通はシナリオを書いてキャスティングをしますよね。でも私の場合には、逆に私の方がキャスティングされ、選んでもらったような気持ちでした」
−−イ・ビョンホンの演技で改めてすごいなと感じたことがあればご紹介ください。
「まず言葉の面です。イ・ビョンホンさんって本当に英語も達者なんですね。発音もいいし、洗練されたきれいな英語を話すんです。でもこの映画の主人公は、英語はうまいかもしれないけど韓国にいたわけですから、普段使っていない、韓国のおじさんが話すような英語にしたいと思ったんですね。それで、もし彼に流暢にセリフを言われてしまったらどうしようと心配していたんです。ところが読み合わせのときに読んでもらうと、あえてぎこちなく英語を話してくれたんですね。それを見て、さすがプロと思いました。それだけでなく、微妙な歩き方とか、演技もうまくやってくれたと思います。とくに歩くシーンは繰り返しが多く、何度も歩かなければいけなかったのですが、歩いているシーンだけをあとで抜き出して集めて見てみると、同じ歩くという行為なのに全然違う歩き方をしていたんです。歩き方でも演じ分けていたので、イ・ビョンホンさんがいなかったら、この映画は成り立たなかったのではないかと思いました」
−−拝見したところ、とてもお若いですが、長編第一作目からこのようなオーストラリアでのロケだったり、イ・ビョンホンさんに出てもらったりと結構予算がかかったと思うんですけれども、それが可能になった理由をお聞かせください。
「まず私はそんなに若くはないです(笑)。制作費もあまり豊かではなかったんです。商業映画ではあるけど、金額は少なく、与えられた時間も多くはなかった。でも見た目は華やかですよね。ワーナー・ブラザースも入っていますし、イ・ビョンホンさんが出演していたり、制作も俳優のハ・ジョンウさんの会社だったり、イ・チャンドン監督も助けて下さいましたし、オーストラリアのロケもありましたが、全てバブルという感じだったんです。もちろん映画の宣伝ポイントとしては今挙げたようなところが使われていたのですが、制作費から見ると、普通の映画の三分の一ほどでした。俳優さんたちががんばってくれなかったら撮れなかった映画です。俳優さんたちの気持ちや、お互いの努力で作り上げたという感じでした。そういう状況だったので必要なところしか撮れず、そこがむしろ残念でしたね。見た目と違って、実は中身を見ると、それほど大きい映画ではないんです」
−−でも無駄なシーンがなかったのは、そのせいかもしれませんね。すごくシンプルで。
「制作費のない映画に見えないよう、すごくがんばりました」
−−妻役のコン・ヒョジンさんは「火山高」以来大ファンなんですけれども、彼女をキャスティングした決め手と、実際の演技を見てどのように感じましたか?
「コン・ヒョジンさんは確か、ハ・ジョンウさんの推薦だったと記憶しています。ご本人が、とにかくシナリオが気に入ったと言ってくれて、一緒にこの映画を撮りたいと積極的に自分の意思を示してくれたんです。他の俳優さんもそんな感じでしたし、スタッフのみなさんも予算が少ないということはわかっていたので、とにかくやりたい人、作りたい人たちが集まり、考えを一つにして取り組んだと言えます。コン・ヒョジンさんもその一人でした。普通の俳優さんは自分の演技だけにのめり込むことが多いのですが、コン・ヒョジンさんはちゃんと相手の演技も引き出してくれました。中でも子役と一緒に演じるといのは大人の俳優にとってリスクも大きいですが、そういうことを怖がらず果敢に演じてくれました。最後まで子役をリードしてくれたんですよ。コン・ヒョジンさんって化学反応がいいって言われる女優さんです。本人だけでなく一緒に出ている俳優さんたちもすごくいい演技になると言われているんですけれど、ああ、やっぱりそうなんだと思いました。そしてイ・ビョンホンさんとコン・ヒョジンさんが夫婦役というのはちょっと妙な感じと言われたんですが、むしろ私はその違和感がいいのかなって思ったんです。なぜかというと、この映画はよくある、家族が仲良く過ごしている姿を中心に描くわけではなくて、お互いにちょっとした行き違いがあって、同じ家族だけれどもそういった行き違いの中で生きているという姿を客観的に見せたいという目標があったので、この2人が演じることで作り上げられる家族像に、違和感があればあるほどいいのではないかと思いました」
−−ユン・ガウン監督の「わたしたち」をはじめ、最近女性監督の韓国映画をよく見かけますが、女性監督の仕事はやりやすい環境ですか? 俳優で言えば男優さん中心かなと思うことが多いんですけれども。
「やはり韓国映画界は依然として男性の俳優さんが多いですし、製作者・プロデューサーも男性が本当に多いですよね。日本の事情には詳しくないですが、私が推測するに日本でも女性監督が映画を撮るということはなかなか難しくて環境もあまり整っていないのではないでしょうか。お酒の席でいろんなことが決まったりしますよね。お酒を飲む・飲まないに関わらず楽しめる場であればもちろんいいんですけれども、そういう場でさえも仕事につながってしまうということにはプレッシャーを感じます。多数の中で少数が自分たちの権利を主張するということは本当に難しいことではないかと思います。それにも関わらず私の周囲を見ると女性監督で作品を準備してる方が本当に多いですね。まだ準備段階ですからうまく撮れるかどうかは置いておいて、本当にバラエティーに富んだいろんなモチーフで韓国映画市場にこれから出ていこうとしている。韓国では去年あたりからフェミニズムに関する話題が多くなっているんですね。そういうことを考えると、今までとは違った様々な韓国映画が作られるのではないかなと期待しています」
−−監督が参加した脚本作りの大学院プロジェクト、これは現在もあるんでしょうか。脚本までたどり着くのは何分の一ぐらいですか。
「それは大学院を出た後のコンクールだったのですが、今もあります。ただシステムが変わっています。私がこれを撮ったころは、80本から90本ぐらいの応募作の中から4本選ばれるというものでした。その中の1人が私で、他には「わたしたち」のユン・ガウン監督もいたんです。変わった今のシステムの中では、とにかく何作応募があっても1人だけ選ばれて、選ばれたら無条件に映画として制作されるという決まりになっています。そしてこのプロジェクト自体は私が卒業した韓国芸術総合学校というところとCJという企業が産学協力でやっているシナリオ開発のプロジェクトです。私のように一度大学院を卒業しているような者の立場から言うと、こういう機会をいただけるのは本当にうれしいです」
−−ありがとうございます。
「エターナル」は2月16日より、TOHOシネマズ新宿ほか全国順次公開中【紀平重成】
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