第667回 「タクシー運転手 約束は海を越えて」
この作品の魅力を語るのは結構難しい。それは光州事件という韓国現代史の暗部を描くことになるので、悲惨すぎれば観客層が広がらないだろうし、逆に娯楽色を強め過ぎては事件の本当の姿を見失うからだ。「映画は映画だ」や「高地戦」で評価を得たチャン・フン監督がメガホンを取った本作は、そのバランスが絶妙だったと言えるだろう。昨年公開された韓国で1200万人もの観客動員を果たしたのだから。
どこの国でも触れられたくない過去の傷はある。中国の大躍進政策失敗や文化大革命、そして民主化を要求して集結した学生や一般市民を人民解放軍が武力で鎮圧した天安門事件。日本でも関東大震災後に起きたデマが発端の朝鮮人虐殺事件がある。また南京大虐殺は今も論争が絶えない旧日本軍による戦争犯罪だ。
光州事件は、これらの事件と並んで語られるべき大事件である。
戒厳令下の1980年5月、民主化を求める学生と民衆による大規模なデモが各地で起こり、韓国西南部の光州では市民を暴徒とみなした軍が市内の出入口を封鎖し厳戒態勢を敷いていた。
11歳の娘と二人暮らしのタクシー運転手マンソプは家賃を滞納し、その金策に苦慮していた。そこへ耳よりの情報が飛び込む。「光州へ通行禁止時間までにドイツ人を乗せて行ったら、その人が10万ウォン(約1万円)を支払ってくれる」。得意げにそう語る同業者の話を横取りしたマンソプは、ドイツ人記者のピーターを乗せ光州を目指す。タクシー代をもらいたい一心の彼は、機転を利かせて軍隊の検問を通り抜け、なんとか時間内にピーターを光州まで送り届ける。
ソウルで留守番をさせている一人娘が気になるため、マンソプは危険な光州から早く立ち去ろうとしたが、目の前で起きているデモの生々しい様子を世界に伝えようと夢中で取材しているピーターにはマンソプのそんな思いが伝わらない。思い余ったマンソプはピーターを置いて走り去るが、ほどなく見つかってしまいピーターらに糾弾される。
最初はお金目当てでピーターと行動を共にし、デモは北朝鮮を支持する「アカ」のやっていることとしか見ていなかったマンソプは、兵士がデモの参加者に発砲し、さらに殴る蹴るの暴行を加える姿を目の前で見て考えを変えていく。外国人とすぐ分かるピーターが危険を承知で取材を続ける一方、彼のために寝泊まりする場所を提供する面倒見のいい地元光州のタクシー運転手一家や音楽好きのデモ学生らと触れあううちに、平凡なタクシー運転手だったマンソプは「真実」を伝えることの意味に気付いていく。
家族思いゆえに自分勝手な行動が目立ったマンソプがみんなの思いを共有していく姿が感動的だ。
チャン・フン監督のうまさは随所に見られるが、タクシーのボディを緑色にしたことの効果もその一つだろう。映画の全編で繰り返し映し出される鮮やかな緑のタクシーは、このような悲劇が2度と繰り返されないよう後世に語り継ごうという希望を象徴するものとして選ばれたのではないか。検問や兵士の追跡など、どんなに危機が訪れても、そのたびに追手を突き放したり、新たな緑のタクシーが現れたり、と前向きのメッセージを伝えている。映画のチラシやパンフレットも同じ色が使われ際立っているので、手にとってご確認を。
マンソプ役をソン・ガンホに託したのも大ヒットの要因だ。普通の人の姿を人間味豊かに演じる名人であり、家族を大事に思う役(「大統領の理髪師」「グエムル 漢江の怪物」)やコミカルでズル賢い役(「グッド・バッド・ウィアード」)等はとりわけ印象深い。本作でも彼の魅力のすべてが味わえる演出になっている。
他には地元のタクシー運転手役にユ・ヘジン、陽気な大学生役にリュ・ジュンヨル、そしてドイツ人記者役にはトーマス・クレッチマンがキャスティングされ、それぞれいい味を出している。
後半、カーチェイスも挿入され、「不要」の声も聞かれるが、記者が無事に空港にたどりつけるかどうかというハラハラドキドキ感を存分に楽しめ、監督が「希望」のメッセージを若者に托したかったのだと受け止めたい。
「タクシー運転手 約束は海を越えて」は4月21日よりシネマート新宿ほか全国公開【紀平重成】
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