第699回「2018年 私のアジア映画ベストワン」
新春恒例、皆さんから寄せられた「2018年 私のアジア映画ベストワン」を発表します。まずは10位から。
タイの人気監督ナタウット・プーンピリヤによる『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』がトップテン入りです。中国で実際に起きた集団不正入試事件をヒントに、カンニングをスタイリッシュ、かつスリリングに描いた作品。ペンネームそらさんは「後半はハラハラドキドキが続く見事なクライム・エンターテイメント作品ですが、中心メンバー4人の参加動機や葛藤も程良く描かれていて作品の奥行きを感じました」
続いて9位です。昨年の東京フィルメックスで話題を呼んだペマツェテン監督の『轢き殺された羊』が入りました。graceさんのユニークな感想に注目です。「今回の作品は、王家衛プロデュースという魔法の言葉がつかなくても、もう、この1作のためにフィルメックスに駆けつけても後悔がないぐらい良かったです。しかもまさかの、チベットを舞台にしたトラック野郎映画!(笑)旅をするふたりの男。なぜか名前は同じ。しかも、チベット語でお布施を意味する名を持つジンパたちの旅はいったいどうなってどこへ行くのか。幻想的でシリアスな話なのに笑うところも結構あり、あの「歌」を思い出すたび笑ってしまいます。ロードムーヴィーとしても、文芸的な芸術作品としても、アジア映画としてもたいへん魅力に溢れた、静かでそして激しい映画でした。余談になりますが、もともと監督が映画化したかった小説が映画にするには短すぎたので、自分で轢き殺された羊という小説を書いて、両者を合わせて1本の映画にしたという裏話が、ちょっと黒澤明の羅生門を思い出させました。前作の『タルロ』と共に是非日本公開していただきたいです」
お次は8位の台湾映画『血観音』。昨年の大阪アジアン映画祭で日本初上映されました。
KEIさんは「ヤン・ヤーチェ監督という人の底知れなさ、恐ろしさを嫌という程思い知らされた作品でした。 一度見ただけでは、理解できたとはまったく思えないのですが、その底なし沼にはまってしまうような作品」と振り返ります。
そして7位はこれも昨年の東京フィルメックスで上映されたビー・ガン監督の中国映画『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト』です。日中映画交流史に造詣の深い劉文兵さん。「中国国内で公開初日に2・6億元(約40億円)を稼ぎだし、中国アート系映画の歴史を書き換えました」。中国の観客も変わりつつあるということでしょうか。
6位はインド映画『あまねき旋律』(アヌシュカ・ミーナークシ/イーシュワル・シュリクマール監督)です。まつもとようこさんに伺いましょう。「まず山々の斜面に襞のように広がる棚田の風景に圧倒されました。人の手で作ったとは信じられないけれど、遠くの山から聞こえてくる歌声に呼応して近くのグループが歌う。確かに人がそこで働いている。こうして農作業の辛さも楽しみに昇華させてできあがったものだと想像すると、この風景がより輝いて見えました。人間の本来の力を信じて、よし、今年も加齢に負けず、人とつながっていこうと思いましたので、この映画が私のイチオシです」
ここで一旦、上位ベスト作品の紹介はお休みし、ベスト10には入らなかったものの、作品へのコメントの熱さでは負けていない作品を順不同でご紹介しましょう。
最初は、よしだまさしさんお勧めの『My Perfect You』。「フィリピンのヒットメーカー、キャシー・ガルシア・モリナ監督の作品です。エキセントリックな美女を相手のひたすらピュアなラブストーリーかと思いきや、終盤になってそれまでの物語が一瞬にしてひっくり返されてしまう驚愕の展開! まったく予想だにしなかった展開に腰を抜かさんばかりに驚かされました。主演のピア・ワルツバックの魅力も全開で、みんなにも観てほしい作品でした。次点はサラ・ヘロニモ主演のフィリピン版『怪しい彼女』の『Miss Granny』と、ある朝目が覚めたら人魚になっていたというジャネーリア・サルヴァドール主演のラブ・コメディ『My Fairy Tail Love Story』をあげておきます。ほとんど日本には紹介されませんけど、フィリピン映画も元気です」
このベストワンの選考作品名が毎年注目される大阪アジアン映画祭の暉峻創三プログラミング・ディレクターが選んだのもフィリピン映画。しかも今回は2作品。その理由を伺いましょう。「2018年最大の発見は、フィリピンから彗星のように現れたドゥウェイン・バルタザール監督(とはいえピカピカの新人ではない)。1年間に『Gusto Kita with All My Hypothalamus(視床下部すべてで、愛してる)』『Oda Sa Wala(無へのオード)』と、立て続けに2本の傑作を披露した。従って今回は特例として、2作品同格でベストワンとすることにお許しを。どちらも、ごくシンプルな一つの出来事が夢のような映画的光景を現出させていく。ラヴ・ディアスやブリランテ・メンドーサらが高名だったフィリピン映画だが、その最先端はこれから、彼女が切り拓いていくはず」。
ここまで言われたら2作品同格を認めないわけにはいきません。
続いて中国映画です。ダンテ・ラム監督の『オペレーション:レッド・シー』(モロッコとの合作)を挙げたのはLucaさんです。「実際に戦ったら、人はこういうふうになるんだよ」ということを、容赦なく徹底的に描ききってくれた作品。加えて単なる戦闘シーンだけではなく、短時間の間にそれぞれの関係や思考が変化した結果、こういったラストに繋がってゆくということが、見入ってしまったもうひとつの理由。潤沢な大陸の予算と軍の支援を好きなように使って、めちゃくちゃ面白い映画を作ってくれたダンテに感動! 」
えどがわわたるさんは海外で見たフォン・シャオガン監督の『芳華』を挙げます。「公開に向けてチラシも劇場に置かれ始めている時期にもかかわらず、という感もあるが、監督のベスト作と思われる本作を無視するわけにはいかなかった。文革末期の1976年、人民解放軍の文芸工作団を舞台に、団に戻ってきた青年劉峰が新入団の少女小萍を連れて来るところから始まる団員の青春時代を描き、79年中越戦争の勃発とともに敗戦にも等しい実態が描かれながら、団員の青春時代の終焉を告げ、そして91年改革開放の経済発展に沸く海口での元団員同士の再会で、所得格差の発生を描くという、原作者でもある嚴歌苓のシナリオ旨さと、監督の演出バランスの巧みさが合わさった作品だった」
そしてxiaogangさんはジャ・ジャンクー監督の『アッシュ・イズ・ピュアレスト・ホワイト』(フランスとの合作)です。「一組の男女の18年を、中国社会の変化に仁義の世界を織り込んで描いたもので、近作での試行錯誤がこの一作に結実したような賈樟柯円熟の味。趙濤がとにかくかっこいいのですが、賈樟柯組ではない廖凡もいい味を出していて印象に残ります。ついでに、18年インド公開のインド映画ベストワンは、前作“Ugramm”がマイベストインド映画のプラシャーント・ニール監督の新作、“K.G.F: Chapter 1”(カンナダ映画)です。1970~80年代の金鉱を舞台にしたアクション映画ですが、とにかくものすごいパワーと映像美に圧倒されます。二部構成であることや製作規模から『バーフバリ』と比較されがちですが、『バーフバリ』なんて目じゃないと思うので、悲願のカンナダ映画日本初公開を切に希望します」。
私も同感です。
一方、衣川正和さんは昨年12月に台北で見た黄榮昇(ホアン・ロンシェン)監督の「小美」をお勧めします。「失踪した若い女・小美を知る9人の独白。大家、彼氏、腹違いの兄、母、元雇主の女、会社の事務員、元彼、霊媒師、最後に会った写真家。9人の語りも興味深いのですが、それぞれが語るべき場所で語り、その環境音がそれ自体としてドラマになる。しかもその音声がシーン内で鳴り切り、そのことが小美の存在を際立たせます。日本語字幕で再見したい。台湾映画ポテンシャル最強!!」
アメリカ映画ではあるけどアジアのスターが出演する『クレイジー・リッチ!』(ジョン・M・チュウ 監督)を挙げるのは勝又さん。「アメリカで大ヒットしたからとはいえ実はそれほど期待していなかったのです。どうせ桁外れな大金持ちを揶揄するだけの大味な映画なんじゃないの?と思いきや、ロマコメとして王道、ある意味ベタともいえる展開ですがわき役たちが各々いい味を出していて(オークワフィナがお気に入り)、もちろんゴージャスな背景、衣装にも目が釘付けで最初から最後まで楽しめました。ヒロインに立ちはだかるミシェル・ヨーの威厳ある美しさがアジア系の矜持を感じさせ、これが彼女じゃなかったらもっと陳腐な印象になっていたのではないでしょうか」
さあ、いよいよベスト5の発表です。
本欄でも以前お二人をご紹介したことのあるホアン・ジー・大塚竜治監督の最新作『Foolish Bird(笨鳥)』(中国)です。ペンネームsanfu さんは「昨年12月に日吉電影節で上映された作品。中国の地方都市における少女達のいじめや性犯罪の問題を描いており、内容はショッキングではありますが、決して他人事ではなくどのエピソードも日本にも通じる問題だと思います。ストーリーは深く丁寧に描かれ、被害者に寄り添う優しい眼差しを感じさせる描写には逆境の中にも希望を感じさせられました。ぜひ日本でもまた上映の機会があればと願っています」
匿名希望さんからも以下のようなコメントをいただきました。「10代の女の子の感性を丁寧に映像化しているからというのが、魅力かと思います」。私も見たかったです。
4位に行きましょう。東京フィルメックスの話題作『象は静かに座っている』(中国)。監督の胡波(フー・ボー)は本作を撮り終えた後、自殺しています。杉山照夫さんのコメントです。「本作は昨年の香港国際映画祭および金馬奨(後者はグランプリも)を受賞しました。このような暗い4時間の長編がなぜ受賞したのか。4人の登場人物(若いヤクザ、男女の高校生、老人)はすべて社会から疎外され、それぞれ思ってもみない行動を起こします。その結果ヤクザを除く3人は贖罪や希望といったなにかをもとめて満州里にある動物園へと向かうのです。映画には現代中国社会の急激な変動により豊かさから取り残されていく人々の歪んだ生活が反映され、観る者を圧倒する傑作になりました。中国本土から種々の制約を受けている香港人や台湾人がこの映画を観て、背景にある現代中国社会のひずみを感じ取り、つまり4人の起こした行動の経緯に共感した結果、二つの観客賞につながったのではないでしょうか」
筆者のベストワンも同作品でした。映画の舞台は中国でも、同じことが日本やほかの国でも起こりうると信じさせる人間への深い観察眼を見るからです。自分の目の前の課題は自分ではなく他の人間のせいだと自分勝手な不満を相手にぶつけるやり取りは、国同士でもあるいは地域や身の回りでも起きています。高度に発達した現代文明が社会に利己的な考えをはびこらせ信頼感を喪失させているのでしょうか。容赦のない描写からは、見る者に「考えろ」と突き放す冷徹な目が感じられます。 惜しい作家を失いました。
3位は韓国映画『1987、ある闘いの真実』(チャン・ジュナン監督)です。マスメディアで働く柴沼さんが胸の内を語ります。「やはり職業柄この作品がベストでしょうか。史実と違う点も指摘され、ここで正義側の登場人物も実際は拷問に加担したなんていわれたりしていますが、たった30年前に民主化を求める民衆のエネルギーがここまですごかったというのは一つの衝撃でした。当時、高校生だったのに、まるで記憶がないのですよね。ノンポリのヨニに終盤の主人公役を担わせることで、知識のない僕も民主化運動を追体験しているように思わせてくれました。そして、新聞記者の格好良いこと。文字通り、体を張って民衆の側で正義を貫く姿にしびれるとともに、今のマスコミはどうなのかと忸怩たる気持ちになりました」。
3月には「記者たち 衝撃と畏怖の真実」(ロブ・ライナー監督)という興味深い作品が公開されますね。こちらも見なくては。
残るはあと2つ。どきどき。第2位は香港映画『29歳問題』(キーレン・パン監督)です。アプリ版「ぴあ」編集部の坂口英明さんの弁です。「香港の街ですれちがう、普通の女性たちの、ささやかな喜びと悩み、暮らしぶりがわかるような気がしました。ベストというより、マイ・フェイバリットというべき一本です。こういう可愛らしい香港映画がでてきたことがとてもうれしい」。
ことしの大阪アジアン映画祭では「香港映画新潮流」の企画をやって欲しいですね。
ついに第1位の発表です。その作品は……
『トレイシー』(香港、ジュン・リー 監督)でした~~~ぁ。
茶通さんのコメントのまずは序論。「香港映画は近年大きく変化しており、有名監督は大陸に呼ばれ合作大作娯楽映画を作る一方で、主に若い監督たちが意欲的な小品を香港で撮っている。今年大阪アジアン映画祭で上映された『中英街一号』『青春の名のもとに』『どこか霧の向こう』『空手道』もそれらの代表。そして今年のベスト1に推したい東京国際映画祭で上映された『トレイシー』もその1つ。年末の香港旅行でも見直した」
そして本論。「外見は男性だが心は女性というトランスジェンダー役を男臭い役が多いフィリップ・キョンが繊細に演じたことも大きな驚きだが、妻を演じたカーラ・ワイの「近所にどういう顔をすればいいの。私は普通の主婦でいたいだけなの」というような台詞、口ではLGBTを支持しながら父の女装を受け入れられない息子など、登場人物の描き方が秀逸。もし自分が当事者になったら、彼らと同じように反応してしまうかもしれないが、はたから見ればそれは滑稽だ、と示す事で観る者は改めて考えさせられる。そして「男でも女でもどちらも私の子供に変わりない」という母の言葉が、何よりも真実を語っていた」
最後に「監督は若手だが、内容は豊富で奇をてらったところがなく落ち着いた映画で驚いたし、香港でも反応がよく、香港にこういう映画を受け入れる土壌が出来ていた事も驚きだった」とも。
もとはしたかこさんも「台湾の『アリフ、ザ・プリン(セ)ス』と同じくトランスを描いた映画でしたが、自分の心の性を受け入れる生き方はいろいろあっていいと感じたのでした。アリフは昨年国内各地のクィア系映画祭でも何回か上映されていましたが、これも今年また日本各地で観られる機会があるといいなと思います」という感想。
せんきちさんは「スタンリー・クワンの『8人の女と1つの舞台』も素晴らしかったのですが、とびきりの若手監督出現!ということでこちらを。そして、キョンキョンとダーリン哥に乾杯!」と香港映画の新潮流に期待します。
亜美さんも「なんといってもあの悪役や警察や変な人!をいつもやってる姜皓文(フィリップ・キョン)がトランスジェンダーで葛藤する50代の父親という難しい役にチャレンジした、というところ。香港では勇気ある挑戦だと思いました。脇の俳優さんたちも良かったです。監督の李駿碩(ジュン・リー)は若手ですが繊細な演出でこれからが楽しみです」
ベストテンのラインナップを見ると1、2位を占めた香港映画の大健闘と4作品が選ばれた中国作品の存在感が際立っています。韓国や台湾、東南アジア諸国の躍進を期待したいですね。
①『トレイシー』(香港、ジュン・リー 監督)
②『29歳問題』(香港、キーレン・パン 監督)
③『1987、ある闘いの真実』(韓国、チャン・ジュナン監督)
④『象は静かに座っている』(中国、胡波監督)
⑤『Foolish Bird(笨鳥)』(中国、ホアン・ジー・大塚竜治監督)
⑥『あまねき旋律』(インド、アヌシュカ・ミーナークシ/イーシュワル・シュリクマール監督)
⑦『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト(地球最後的夜晩)』(中国、ビー・ガン監督)
⑧『血観音』(台湾、ヤン・ヤーチェ監督)
⑨『轢き殺された羊』(中国、ペマツェテン監督)
⑩『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(タイ、ナタウット・プーンピリヤ 監督)
ご投票いただいたみなさん、本当にありがとうございました!今年も良い作品に出会える年になりますように!