第704回 「第14回大阪アジアン映画祭」
まもなく開催の大阪アジアン映画祭。コンペティション部門に選ばれた作品の予告編を見ていると、今回も見逃せない作品ばかりで鑑賞日程を組むのが実に悩ましい。
色々な選び方があっていいと思うが、筆者が間違いなく見ることになりそうなのは「美麗」(台湾・中国)と「視床下部すべてで、好き」(フィリピン)の2作品。こうご紹介すると事情通の方はその理由にすぐ思い至ることだろう。そう、この映画祭のプログラミングディレクターである暉峻創三さんが筆者のウェブのコラム「銀幕閑話」で毎年募集する「私のアジア映画ベストワン」で2017年と18年にそれぞれ挙げた一押し作品なのである。
本コラムにおける暉峻氏の推薦の弁をご紹介しよう。まずは17年のベストワンとして18年早々に挙げた「美麗」から。(第657回 「17年私のアジア映画ベストワン」(2)で紹介)
「2018年まであと24時間少々というタイミングで出会ってしまった、出来たてホヤホヤ中国映画のとてつもない傑作。監督・周洲と共同で脚本を書き、同性を愛する女主人公に扮した池韻の演技に圧倒される」
暉峻氏の惚れ込みようもすごいが、予告編で欧陽菲菲の「ラヴ・イズ・オーヴァー」を若い女性の脇で涙をこらえながら熱唱する池韻の入魂の演技は何度見てもすばらしい。昨年の大阪アジアン映画祭でコンペ作品に入るかどうか注目したが、これは空振り。中国の当局が同性愛というテーマに過敏になって承認が遅れたのだろうか。
続いて18年のベストワン作品「視床下部すべてで、好き」。(第699回「2018年 私のアジア映画ベストワン」で紹介)
「2018年最大の発見は、フィリピンから彗星のように現れたドウェイン・バルタザール監督(とはいえピカピカの新人ではない)。1年間に『Gusto Kita with All My Hypothalamus(視床下部すべてで、好き)』『Oda Sa Wala(無へのオード)』と、立て続けに2本の傑作を披露した。従って今回は特例として、2作品同格でベストワンとすることにお許しを。どちらも、ごくシンプルな一つの出来事が夢のような映画的光景を現出させていく。ラヴ・ディアスやブリランテ・メンドーサらが高名だったフィリピン映画だが、その最先端はこれから、彼女が切り拓いていくはず」
「私のアジア映画ベストワン」では2作品同格のベストワン応募など一切認めてこなかったのだが、暉峻氏の尋常ならざる押しの一手にあっさり土俵を割ってしまった。
「視床下部すべてで、好き」はカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭や全州国際映画祭で高い評価を受けた話題作。予告編では後ろ姿しか見せない若い女アイリーンを4人の男たちが熱い視線で見送るカットが印象的。孤独な男たちの顔色をにわかに輝かせてしまう女の魅力は何かとすっかり焦らされてしまったが、本編への期待度は高まるばかりだ。そしてもう一つの同格作品「Oda Sa Wala(無へのオード)」も気になってくる。
ところで「美麗」と「視床下部すべてで、好き」には同じ映画祭のコンペに選ばれたという他にもう一つ女性監督の作品という共通点がある。女性を美しく魅力的に描くのは同性の方が一枚上手なのか、それとも異性の目を通した方が良いのか、あるいは性別は全く無関係で、ひたすら監督の才能によると考えるべきなのか、という議論はひとまず置く。それより今回のコンペ14作品中半数強の8本が女性監督ということに驚かされる。
あらゆる職場に女性が進出する時代にいまさら男女の比率を持ち出さなくてもという声もあるかもしれないが、国や地方自治体の女性議員の数が欧米に比べて極端に少ない日本の現状などまだまだ改革の余地のある分野も多い。監督を頂点とする映画製作現場も例外ではない。
振り返ってみれば、大阪アジアン映画祭で過去に上映された中で個人的に好きな作品はキーレン・パン監督の「29歳問題」(映画祭では「29+1」)やトレイシー・チョイ監督の「姉妹関係」などいずれも女性監督の作品だった。彼女たちが描く女性は大きな悩みを抱えつつ、共に前向きに歩いていこうとする姿が実に健気で魅力的だった。これらの作り手と筆者は相性がいいことは間違いないが、それも作り手に才能があり、その才能を認めるプログラミングディレクターがいるお陰である。彼女たちの才能とは、時代の大きな変わり目にあって、その気配をいち早くキャッチする感度のいいアンテナを持っていることだろう。
今年も大阪でアジアの新しい息吹を感じ取りたい。
第14回大阪アジアン映画祭は3月8日より17日まで開催。【紀平重成】