第706回 「群山:鵞鳥を咏う」のチャン・リュル監督に聞く
閉幕したばかりの第14回大阪アジアン映画祭。今回は3作品の監督インタビューを行いました。その第1弾は「『群山:鵞鳥を咏う』のチャン・リュル監督に聞く」です。
――ロケ地の群山(全羅北道)に行ってみたくなる作品でした。
チャン・リュル監督(笑)
――監督も町に一目惚れとおっしゃっていましたけど、一方で群山は植民地時代に多くの日本人が移り住み、今でも保存状態の良い日本家屋が数多く残っている港町ですね。そうすると昔の植民地時代を思い起こさせる場所として批判する人たちというのは韓国でいなかったのでしょうか?
「映画に対する批判というのはありませんでした。でもQ&Aのときに観客の方からそういった質問をいくつか頂きました」
――その話と関連するのかどうか分かりませんが、映画の中で日本家屋を使った民泊のオーナー(チョン・ジニョン)が日本人女性客に「満室です」と宿泊を断ったのはそういう歴史問題による個人的感情も絡んでいるのかなと思いましたが……。
「映画の中でオーナーが断った理由は違います。あの民泊はお客様を選ぶのです。その日選ばれたのは先に来た主人公の2人でした。その場面は実は偶然思いついたもので、もともとシナリオにはなかったんですね。ちょうど映画のための日本語監修でソウルにいた日本人の大学教授が一緒に群山に来ていたので、よかったら出演してみませんか?とお声掛けしてあの場面ができました。彼女は『慶州(キョンジュ)』という私の他の作品にも出ているんです。だから少し演技のたしなみがあったんです(笑)」
――ああ、思い出しました。「慶州」で伝統茶屋を訪れた2人連れの日本人女性客の一人ですね。首をかしげつつ立ち去る今回の演技は自然でしたね。
本作は「キムチを売る女」や「豆満江」などの作品で中国のマイノリティである朝鮮族の厳しい暮らしを描き続けてきたチャン・リュル監督がここ数年は舞台を慶州や福岡などの地方都市に求め、シリアスな話の中にユーモアを交えるなど穏やかな作風に連なる作品だ。
アマチュアの詩人ユンヨン(パク・ヘイル)は、先輩の元妻ソンヒョン(ムン・ソリ)に好意を抱いている。ある日、2人はユンヨンの母親の生まれ故郷である黄海に面した群山に旅立つ。食堂で紹介された民泊のオーナーは福岡で生まれ育った元在日韓国人で、自閉症の娘(パク・ソダム)と暮らしている。熱々の仲だったユンヨンたちは親子と触れあううちに、ソンヒョンが主人に、そしてユンヨンは娘に惹かれていく。旅から戻ったユンヨンは、保守的な元軍人の父親や中国朝鮮族出身のメイド、さらに心優しい薬剤師に出会ううちに既視感にとらわれ始める。
――ちょっとシリアスな話ですが、群山の街中で植民地時代の写真展をやっていましたね。あれは常設のものですか。それとも映画用に展示を取り入れたのでしょうか?
「撮影のために写真を展示しました。群山とかモッポというところはああいう写真を常設する美術館が多いのですが全部室内公開です。でも映画なので私はそれを表に持って行きたかったんです」
――外での展示っていうのが意外な効果をあげているような気がしました。監督の作品は文化や人の交流、越境というものが印象深く盛り込まれているように思います。例えば監督ご自身が中国吉林省の延辺朝鮮族自治州の出身で韓国に来られて、今は福岡によく行かれますね。そういう乗り越えるところが自然というか……。
「そうですね。とくに日中韓の3国というのは歴史的にもそうですし、現在でも色々と交流があり、わだかまりもある。そういう歴史の中で、私は映画人として国境とか線とか壁、人と人の間にある壁なんかも、映画を通してなくしていかなければならない、そういうものは必要ないということを訴える立場にあると思います。実際に色々な国の人が今この場所で一緒に笑って過ごしていますが、ちょっとした歴史観の問題でお互いが居心地が悪くなったり対立したりします。そういうことに対しても正直に笑いながら話せる、そんな人間関係・社会づくりもすごく大事になってくると思います」
――主人公役のパク・ヘイル、ムン・ソリ。このキャスティングにどういう意図が込められているのでしょうか。
「パク・ヘイルさんの場合は私の作品にいくつか出演していただいていますし、普段よく会ったりする俳優さんです。それでいつも手伝ってほしいって持ちかけると、気持ちよく「わかりました」と受け取ってくれます。ムン・ソリさんはイ・チャンドン監督を通して知り合いました。最初は会釈をするぐらいの関係でしたね。『風景』というドキュメンタリーを1本撮ったときのQ&Aで彼女が司会をしてくださったんです。『フィルム時代愛』にも少し出演しています。今回も出演をお願いしたところ快諾していただきました」
――私が観たムン・ソリの最高の演技だと思いました。
(笑)
――彼女が出演したイ・チャンドン監督やホン・サンス監督の作品も結構観ているんですけれども、ナンバーワンでしたね。
(笑)
――なにかエピソードがあったら教えていただきたいんですけれども。ムン・ソリさんの演技で。
「実は撮影当初は自分のキャラクターについて同意してくれなかったんです。『この人っていい女性?』って(笑)」
――いい女性ですよ。
「ひとつひとつの場面で演技をしていきながら、いろんな話をしながら、ひとつずつ噛み砕いていくうちに、彼女自身がすごく馴染んでいるようになってきて、しんどさを感じなかったんですね。俳優が役柄に対しての拒否感がないっていうんですかね。疲れがないっていうのは彼女に合っている役ということなんです。なので、コンディションがいい、体が楽っていうのは、いろんなことがほぐれているっていうのかな。うまく転がっていきますね。ひとつ例を上げると、民泊の主人になぜ私が惹かれるんだろう、というところから始まりました(笑)。なぜ自分が彼に好意を持ったのかなという理由が、パク・ヘイルさんと彼女の前夫が中国料理店で会いましたけれども、そのときのシーンを撮って『なぜ私が民泊の主人を好きになるのかがわかった』とムン・ソリさんが言ったそうです」
――はぁ~~
「そういういろんなシーンのつながりですよね」
――そうですね、どんどんつながっていく。
「はい」
――素晴らしい俳優ですね、そうすると。
「本当にそうです」
――彼女が放つセリフの中に「男は女を傷つけるだけ」と。あと「男はだらしない」というのも。このセリフを言わせたのはなにか意図があったんでしょうか。あるいは体験があったんでしょうか。
「経験ですね(笑)。人生ってそんなもんじゃないですか。今までの歴史を見てみますとね、やっぱり男性の方が、いろんな面で有利にできていますよね。普通その権力を持った人って当たり前のように相手を傷つけますよね」
――で、ダメ男ばっかり、と。
「(笑)そのとおりです」
――あとですね、民泊の娘さんが、最後まるで何かが憑依したような証言をしていましたよね。あれは彼(詩人)を守るために嘘を言ったのか、憑依されて言ったのかなとちょっと混乱したんですけれども。
「彼女は自閉症という病を患っています。あの島に行って事故に遭ったとき詩人さんが助けるんです。それが事実なんですね。でも幼く見えるあの娘さんが怪我をして帰ってくると、結局大人の男が…という想像しかできない。警察もそう言いますよね。ムン・ソリさんの『まだ子どもなんです、そっとしておいてやってください』というセリフがありますね。それを聞いて娘が『違います、私は23歳です』っていうセリフを言います。彼女は自閉症ですよね。そのきっかけというのはお母さんの事故を目撃して、自分の心の窓を閉ざしてしまっただけなんです。だからパク・ヘイルさんとか食堂のおばさんには心を開いている。そういう意思疎通のできる人たちとは窓を開く。でも警察とかには窓を閉める。しかし事件が起きたときには、今は窓を開けなくちゃいけないんだということで発言します。自閉症に対しての私の見方です」
――監督は延辺で生まれて、韓国で仕事をし、福岡や大阪に来たりと。今後は大阪を舞台に何か作る計画はあるのでしょうか。
「大阪は本当に昨日1日しか滞在してなくてあまり見てないんです。あと何回か大阪に招待していただければ、大阪の映画が作れそうです。大阪に来る前に2日間、神戸フィルムオフィスの方たちの企画で神戸を見てきました。とても素敵な街でした。神戸にも韓国人や中国人たくさんいますね」
――そうですね。じゃあ大阪はがんばらないと神戸に取られちゃいますね(笑)。奈良は慶州によく似ています。
「まだ行ったことがないんです、奈良は」
――ぜひ行かれるといいと思います。ところで映画のタイトルの「鵞鳥を咏う」の意味するところ、あるいは出典についてお聞かせください。
「あの詩は中国ではとても有名な詩人(駱賓王=らくひんのう)が7歳のときに作った詩です。その詩自体とても好きなんです。詩自体に意味があるのではなくて、リズム感がすごく楽しい。パク・ヘイルさんと一緒にお酒を飲んでいるときに『この歌一回歌ってみて』と一音一音リズムを教えながら歌ってもらったんです。それが本当におもしろすぎたんです(笑)。ソウルの明洞(ミョンドン)というところに元々中国の人がたくさん住んでいるんですよね。映画の中でもパク・ヘイルさんは明洞に住んでいる人、としています。小さい頃2年間華僑の学校に通っているという設定なんです。その学校では幼稚園か小学校低学年のうちにこの『鵞鳥を咏う』を習うんですね。小さいときに親しんだリズムというのは一生忘れないと思うんです。この映画の撮影後パク・ヘイルさんは明洞に引っ越ししたんですよ」
――へえ~~~! 俳優の魅力をどんどん引き出すところが監督の素晴らしいところだと思いますので、ぜひまた何度も何度も大阪に来て、またお会いしたいと思います。
「はい、では必ず大阪で作ります(笑)」
【紀平重成】
銀幕閑話 第518回「慶州」 (「慶州」は初夏、ユーロスペース、シネ・ヌーヴォほか全国順次公開)