第715回 「女は女である」のメイジー・グーシー・シュン監督と主演のトモ・ケリーさんに聞く
今年の大阪アジアン映画祭でトランスジェンダーを正面から描いた香港映画『女は女である(原題:女人就是女人)』のメイジー・グーシー・シュン監督と、主演のトモ・ケリーさんに聞いた。
取材は映画祭2日目の2019年3月9日午前中。だいぶ間が空いてしまったので、まずは作品の簡単なおさらいから。
女性になりたい気持ちを抑え込んで高校生活を送っているリンフォン(トモ・ケリー)。偶然学校が企画した「普段着での登校日」に友人たちと女子用の制服を身に着けたところ心打ち震える感覚にとらわれ自分の本心を確信、自分らしく生きようと決意する。一方、リンフォンに好意を抱くライケイ(ブベー・マク)の母ジーユー(アマンダ・リー)は20年前に性別適合手術を受けた女性だった。それを知って夫ジーホンはライケイと共に家を出てしまう。
──観客の反応はいかがでしたか?
メイジー・グーシー・シュン監督「想像以上に反応が熱烈だったのでとても感動しました。香港とは違う内容の質問がたくさん出たことも驚きましたし、香港人のトランスジェンダーに関する概念はどうか?というような質問が出たのもすごく面白かったです」
── 特に印象的だったのはどんな質問でしたか?
監督「劇中の夫が自分の妻はトランスジェンダーだと知ったり、父親が息子は女の子になりたいと思っていることを知った時の男性の反応がものすごく激烈だった。お父さんが怒っちゃいましたよね。その反応を見た観客から、香港の男の人も日本のように『男が偉い』みたいな観念があるんですかっていう質問が出たのは面白かった。全部自分が経験したこと、友達から聞いたことをベースに作っていますが、香港はまだ保守的な観念を持っているというのを描きました。それが日本人からすると、え、そうなのという風に思われたのだと」
── そういう反応でしたね。トモさんにお伺いします。日本での生活が何年かあるそうですが、今回の映画の反応から香港と日本の「ここは変わってきた」というところがあればお聞きしたいのですが。
トモ・ケリー「すごく情熱が伝わってきました。特に終わってからのサイン会は反応が良く、みんな笑顔で、応援してますと素直に言ってくれる。あるいは、私の親戚や甥っ子でこういうケースがありました、みたいなことを言っていただいて。もう一つは会場の雰囲気。質問の活発さも香港とは違いますね。香港ではこちらから声をかけても躊躇する人が多くて。自分があまりに興味を持ちすぎると他の人から、この人ってこういうことに興味があるんだと思われる。それを怖がっているんですね。でも今回は何も言わなくても質問が来て、いろいろと交流ができてうれしかったです」
── 映画を見る人がこのようなテーマに関心が高いということはないですか?
トモ「それはありますね。下地がある。日本でははるな愛さんだとかマツコ・デラックスさんだとか、いろんな分野でLGBTから出てきたプロの人がいっぱいいるので、考え方も違うし、心も広い。香港だと重たい雰囲気があるんですよ。初めて新大陸を発見したみたいな感じで映画をご覧になるんですが、日本だといろいろと知った上で見て、ああ、なるほどと思ってもらえる。実は私もこういうことがあってという人もいる。そんなに重たい感じはしないですよね。経験が香港の人たちよりも多いと思いますね」
── 監督にお伺いします。昨日のQ&Aで、今回の映画にトモ・ケリーさんをはじめトランスジェンダーの方が10数人出演されていると監督は言いました。え、そんなに!?と非常に驚いたんです。つまり誰がトランスジェンダーの方なのか聞いても意味がないぐらいたくさん参加されていたということでしょうか。また、当初女性だけでクルー・スタッフを揃えようとしたけれども、それが変わったと。その理由はなんだったんでしょうか。
監督「もともと制作部については女性でやっていこうと思っていました。であれば全部女性で固めようと思ったんですね。でもやはり映画業界で働いている人は男性の方が多い。それと経験のある人となるとやはり男性の方が多い。大陸側とか台湾側も探してみたんですね、女性で固めたいと思って。でも少なかった。また予算も少なかったので、それに合わせるためにはなかなか難しかったということです。あとは録音とか照明部さんとか機械ですね。そういうのは体力がいる仕事です。重いということもありますし、撮影の日程がすごく詰まっていたので、そこを体力でクリアしていくとなると、やはり男性の方がいいなということになり、男性も入れました」
── そのへんは当初の予定から変わったわけですが、うまく機能したんでしょうか。
監督「もともと男性と女性が一緒にやるっていうのは難しいんじゃないかなって思ってたんですけど、だんだんとみんな協力できるようになっていきますし、やはり男性と女性の視点の違いがあるとはいえ、最終的にはうまく行ったのではないかと思っています」
── お互いに混じり合うことで男性のスタッフの方が経験があるにせよ、女性の視点を意識するように変わったかもしれないし、まだ経験の少ない女性スタッフたちも現場でスキルを磨いたというか、相乗効果があったのではないかなと思いますけれども。
監督「自分の部屋でトモさんがマスターベーションをするシーンがあったのですが、男性スタッフは演者さんがどうやればリラックスしてすんなりできるかっていうのを思いやることが難しそうに見えました。一方女性のスタッフだと、こうやってあげたらいいんじゃないかとか、演者さんがリラックスしてできる環境というのを作るのが上手な印象でしたね。それとミキシングのとき、音楽をいろいろとかけていくのですが、女性的な雰囲気の感情を出さなくてはいけない画面のとき…例えば母親の気持ちであったりとか、女性の気持ちを表す音楽が必要な際に、『これがいいんじゃないか 』 と女性スタッフが提案してくれたりしました」
── 「この人はまた使いたいな」と思う男性や女性スタッフはいましたか?
監督「撮影のカメラマンと助監督が女性だったんですけれども、この2人は、次または将来一緒にやりたいなと思います。というのは、もともと女性であるというのもあるんですが、女性の感情の動きを捉えるのが非常に上手なんです。一方で体力的なもの、力の必要なものはやっぱり今後も男性を使っていかなくてはいけないなと思います(笑)。それぞれの性別の違いによる長所を使っていきたいなと思っています」
── 今回トモ・ケリーさんを使おうと思った理由は何かあったんでしょうか。
監督「脚本を書き出したとき、トランスジェンダーの方の成長ストーリーとして書いていました。その中で一人の役を実際にトランスジェンダーである人、俳優さんにお願いしたいと思っていました。そうすることで観客に本当のトランスジェンダーにはこういう方がいて、普通に生活しているんだよということを感じてもらえると思ったからです。あるドキュメンタリーでインタビューをした時にトモさんを知ったのですが、なかなかいいなと。最初にキャスティングをかけたときはトモさんには違う役をやってもらおうと思ったんですが、やっているうちにだんだんトモさん自身のストーリーをご本人が演じることでもっと良くなるんじゃないかなと思い、役柄を変えて今回の主役にしたんです」
── もし差し支えなければその最初の役はどういう役だったんですか?
監督「もともとお願いしようと思ったのはローズと言って、想像の中の女性です。主人公におぶさったりする女性ですね。それをやってもらおうと思っていました。というのは、ローズは主人公が女性になったあとに、こんな女性になりたいという風に考えていた理想の姿のような存在。ですから幻想的ですごく女性的な感じを出したいなと思いました。ただトモさんの若さとか力に溢れた活発なところとか、そういうのを見ているうちに、もしかしたら丸々主役のこの役をやってもらった方がいいのではないかと思うようになり変更したんです」
── それを聞いてトモさんはどんな気持ちでした?「やった!」とか「大変だな」とか。
トモ「そうですね。やっぱり香港で、もしかしたらアジア圏でトランスジェンダーとしてトランスジェンダーの役をさせていただくというのは初めてかもしれないというのがあったので、オファーが来て、しかも境遇が自分に近い役だったので、そこはすごく楽しみでした。でもまだ100%受かるというわけではなかったので、どちらかと言うと緊張していました。大丈夫かな、受かるのかなと。実際に受かったときは嬉しかったですね。長編というのは初めての挑戦ですから。長編であればある程度自分の尺もありますし。撮っているときも撮る前もドキドキが大きかったです。あとはどうやって自分と重ねるか、観客のみなさんに伝えたいイメージやメッセージは何なのか。そういったものをどうやって伝えればいいのかっていうことを考えて演技するのもすごく楽しかったです」
── 前から映画に出たいなというお気持ちはあったんでしょうか?
トモ「ありました。ですけど最初は男の人としてやろうかなと思っていて、今から10年前には日本で舞台演技の専門学校に通っていたんです。そのときは女の子に戻るっていう考え方を捨てて男の子として俳優をやってみよう、がんばってみようと思っていたんですね。でも年齢を重ねていくにつれて、ずっと男のままでやっていくっていうのは、自分に対して正面から向き合っていないなという思いも生まれて。で、一旦諦めていたんですよ。あまり触れないようにしていたんです。でも最近こういったオファーが来て、やることになって。自分の素のままで演技できるっていうのが久々で新鮮でした」
── 勉強のために演技学校に通われていたんですか?
トモ「演技がしたかったので学校に行ってました。東京の東放学園というところです。
── 「昔私もその学校で中国語を勉強したことがあったんですよ」
トモ「おっと(笑)本当に楽しかったです。あのときはまだ今のように日本語はしゃべれなくて。でも実際に演技をしてみたとき、稽古しているとき、すごく楽しくて。当時はバイトしながら学校に通わなければいけなかったんですが、疲れていても演技をしているときはやっぱり楽しい!と思いました。あのときの感じは忘れられないです。まさか10年後にこういう機会があるとは思いませんでした。大きなモニターに自分の顔が写っている完成品を見るのも……最初見たとき涙が出ました。今はあのシーンもっとよく出来たかもなっていう風に考えたりしちゃいますけど(笑)」
── そのドキドキ感を味わうために、今後は香港だけではなくて日本でも働かれる予定ですか?
トモ「日本の方が多いかもしれません。まさか日本で日本語でこういう風にインタビューをさせてもらうことになったりだとか、映画館で日本の方々に見ていただいて、私が日本語で解説するなんて夢にも思わなかったですね。香港でまだ上映する機会がそんなに多くないうちに、いきなり大阪の映画祭に来ましたし。本当に現実感がないですね。あんまり広東語でインタビューを受けたこともないんですよ。日本語で話してみたいと思っていたので、それが実現したことがすごく嬉しいです。違う国の人に見ていただいているわけですからさらにドキドキします。違う見方、違う反応、違うコメント、違う質問が寄せられるのを聞いていたらドキドキするとともに…とても楽しい」
── 香港だけではなくて、日本でも……両方うまく使い分けてやったほうが、LGBTの発信には効果的なのかなって思います。つまり日本と香港の反応が違うとすれば、バラバラにやるよりも双方がうまく提携してやるというか、交流を深めるとかですね。そういう風にやっていくと全体的に理解が広がっていくのかなと思います。
トモ「日本にはすでにはるな愛さんみたいな存在がいる。それを見ている視聴者の反応を香港の方に少しでも取り入れることができたらと思います。香港でもいろんなジャンルでがんばっているトランスジェンダーやLGBT関係の人たちがいると感じる人が増えてほしい。その一人として私もがんばっていきたいです。見ているうちに考え方が変わっていく、そんな化学反応が起きたらいいなと。そのために日本でも香港でも前に出ていけたらと思います。私が見られることでいろいろな考え方があるということを分かっていただけたら。別に罪を犯しているわけではない。まずは理解を深めていただき、そのうちなんとも思わなくなる、それが一番いい。実は普通の人間だということを分かってもらえたらうれしい。普通に演技したいんです。普通にダンスしたいんです。仲良くしたいんです。日本は香港よりはずっと進んでいると思いますけど、それでもまだゴールには至っていないと思います。でも香港はまず日本に追いつくことができたらと思いますね」
── もし日本からテレビに出て下さいとか、そういう話があったら?
「それは本当に出たいですね。いろんなところで経験を積み重ねたい。香港でも日本のテレビを観る人は結構多いんです。そして日本のテレビに出る回数が増えることによって香港のメディアがいろいろと書いてくれる。『香港のニューハーフ、日本のテレビに出演 』 という感じで(笑)。『以前香港のテレビに出ていたトランスジェンダーが今日本のテレビに出ています 』 と取り上げられる。どうしても香港のメディアはネガティブな考え方で書きがちですが、それでも取り上げられている方が、より注目を浴びた方がいい。何回も見てみるとなんとも思わなくなってしまうと思うので」
── つまりプラスマイナス両方あると。
トモ「そうです。それでも出ないより出た方が絶対いい」
── その覚悟というかお気持ちがある?
トモ「ありますあります。外に出たいです。バッシングをいろいろと受けても私はそれは何とも思わない。理解してくださる人っていっぱいいると思うので。バッシングしてる人の裏には、いっぱい応援してくれる人がいると考えるようになったら何とも思わなくなりました。たぶん日本でも両方いるとは思うんですけれども、頑張ってほしいという方々が増えていると思うんですよ。実際に社会に対して貢献してるし。だから『一緒に日本のためにがんばりましょう、私も香港人としてがんばりますから 』 と思っています。で、自分はせっかく日本語も広東語もできるので、両国の関係を深められればいいなと思っています」
── 留学はどれぐらいしてたんですか?
トモ「6年間いましたね。1年間は大阪で5年間は東京にいました」
── 勉強とお仕事と両方?
トモ「ワーキングホリデーで滞在していました。普通の留学生と一緒でコンビニとか普通のバイト生活をして過ごしていました。でもあのときはまだカミングアウトできていない状態でしたね。ある時こっそり友人に話したら連れて行ってくれたんですよ。新宿二丁目とか歌舞伎町とかに。そういうところでトランスジェンダーの先輩に出会うことにはなりました。東京でも大阪でも」
── つまりそれだけの広がりがあったと。
トモ「そうです。実際に交流していたので影響はすごく受けました。あと日本語力もそのときグンと上がりました」
── 目的があるから?
トモ「目的…そうですね。いろいろ聞きたくて聞きたくて。より勉強する気持ちが高まって。そのときの仲間には本当に日本に来る度に会いたいですね。すごく。普段はやっぱり物理的な距離がありますから。でもそれほどまでに日本滞在時の思い出が大きかったんです」
── 今回この作品を作られてある程度の思いは達せられたと思いますか? それともまだまだこれからで、次回作の抱負などをすでに持っていらっしゃるのか、そのあたりはいかがでしょうか。
監督「今回の作品でトランスジェンダーが生活上で出会う問題とか困難とかについては、大体のところは描けたなと思っているんですが、やはり初めての長編なので技術的なところはまだまだだなと思うところもあります。もうちょっと感情的なところも入れたかったなというのもあって。次に同じようにトランスジェンダーを題材としたものを撮れるとしたら今度は一般市民の人たち、大衆のトランスジェンダーに対する見方とか感覚とか、感じ方とかを描いてみたいです。まだまだ差別はどうしても残っているので、そういうところを描きたいなと思っています。
── 具体的な時期などは決まっているんでしょうか?
監督「とりあえず今のところ映画の予定はないんですけれども、テレビドラマ、あとはネットドラマですね。今映画の制作自体は大きく見ると減っていて、テレビドラマ、ネットドラマは増えているのでそっちの方をやっていこうと思います。次にドラマを撮るとしたらトランスジェンダーだけではなく、LGBT全体に関することにするかもしれません。というのは私自身の興味っていうのがトランスジェンダーやLGBTにあるので、そういう関連の題材をもとにして撮っていきたいです。
── ありがとうございました。写真を撮らせてください。
【紀平重成】