第730回「バオバオ フツウの家族」に出演の蔭山征彦さんに聞く
ことしの5月17日、アジア初となる同性婚を認める特別法が台湾で可決された。ほかの国より少し先を歩む台湾で生まれた家族の物語。「バオバオ フツウの家族」に出演の蔭山征彦さんに聞いた。
この映画には赤ちゃんがほしい男女2組の同性カップルが登場する。ロンドンの会社で働くジョアン(クー・ファンルー)と画家シンディ(エミー・レイズ)の女性カップル、そしてジョアンの友人チャールズ(蔭山征彦)と植物学者ティム(ツァイ・リーユン)の男性カップルだ 。4人で協力して始めた「妊活」とは男2人の精液をシンディの子宮に注入する方式だったが一向に妊娠しないため病院での体外受精に切り替えることに。やがてシンディは双子を妊娠するが、ある事情から単身で台湾に帰ってくる……。
監督は本作が初の長編となるシエ・グアンチェン。
--台湾はいろんな民族や文化が重なり合ってきたという歴史的な背景があるので、(LGBTQのような)マイノリティの意見については大事にしたいという気持ちがみんなの中にあるのかなと。赤ちゃんがほしい同性カップルの姿を描いた今回の映画もそういう下地があってのことなのかなと思っていますが、いかがでしょうか。
蔭山征彦さん 「日本との比較ということになると、同性カップルの絶対数ははるかに少ない。でも街で実際に同性カップルを目にする機会があるし、タブー視されてもいない。アジアの中では台湾が一番開放的なところではないかなと思っています。自由な風土というのがあってこそこういう映画がつくられたのでしょう」
--5月に(同性婚の)法律が通った。日本とは土壌が違うなと思ったんですけれども。背景も一つだけじゃなくて色々なものが重なっているように見えます。
「台湾は面積も小さく人口も少ないということが影響していると思います。これが国土が大きく人口が多かったらそう簡単にことは進まないでしょう。また日本と違ってみなさんすごく政治に関心が強いんですよ。4年に1回の総選挙とか総統選にはかなり熱を込めて応援します。そういう下地があって同性婚をよしとするか否かということについても、みんなが興味を持っていました。また自分の意見をフェイスブックに上げたりする。そういう意味では言論的にはすごく自由なのかなと思います」
--今回の作品で蔭山さんの関わり方をよく示すようなエピソードがあれば教えてください。
「僕が俳優陣の中では一番最初に台本を見たんです。クランクインする半年以上前でした。脚本家とプロデューサー、監督の3人から、意見を聞きたいと。予算に限りのある中、少しでもよくできないかということで、脚本の段階から意見を言わせていただいた。主演4人のうちクー・ファンルー以外は演技の経験がまだ浅いので、この2人をどう引っ張っていくかっていうことも大事なテーマでした。他の出演者の良いところも出していってあげたいなと。それが自分の責務と言ったら大げさですが、そういう思いでいましたね」
--蔭山さんはこれまで俳優のほかに脚本や音楽もやってますね。そういうマルチの才能もあるということが評価されされたのかなと思いましたが、やはりそうだったんですね。
「2012年に『父の子守歌』という作品に出たんです。その時のカメラマンが今回のプロデューサーなんです」
--えーっと、リン・ウェンイーさん?
「はいそうです。その人はカメラマン出身で。自分で会社を立ち上げて、これが1本目なんです。『父の子守歌』の撮影の際にカメラマンとしてファインダーを覗きながらすごく細かいところまで見ていらした。その後リンさんが『あのときのお前のお芝居がすごく好きで、いつかまた一緒にやってみたいと思っていた。この脚本をやろうと決めたときに、もともとは台湾人の役だったけれども、お前をキャスティングしたかったからハーフの役に変えた 』 って言ってくださって。その話を聞いたときはすごくうれしかったですね」
--いきなりの話じゃなくいろんなことがつながっているということですね。
「そうですね。もちろん脚本を書いていることがどう影響したか正直僕もわからないですが、意見があったら言ってと言われ早い段階で脚本を読み、関わらせていただきました」
--演技指導の補助ということですか。
「演出補ですね」
--つまり監督の補佐ということになるんですよね。
「そうです」
--それは自分の方から買って出たのか、それとも頼まれてやったんでしょうか。
「何回かやったことあるんですけれども。基本的には頼まれましたね」
--言われても嫌ではなかったわけですね。
「まあその、自分の頭の中の未来図にいつか演出をという思いがあり、すぐ引き受けました。『KANO 1931 海の向こうの甲子園』が初めてでしたが、ほとんど芝居経験がない子たちにいかに、しかも日本語でお芝居させるか。難しいテーマでしたがその時もオファーを受けすぐにやろうと決めました。理由はそういう未来図があったからです」
--そうすると、これから俳優でお願いしますとか、一緒に作品を作ろうかとかですね、いろいろなお話があると思うんですけれども、ご自身としてはやっぱりこれは優先したいといったこだわりはあるんでしょうか。
「うーん、基本的には『自分は俳優だから俳優を優先したい』という思いはないです。脚本家という立場でもどういう立場でも特にそこに対する変なプライドはない。やっぱりいろんな立場で映画に関わることで、それぞれの場所だからこそ見えてくるものがあると思うんです。逆に言うと俳優しかやってなかったら見えないものってたくさんあると思うんですよね。なのでよっぽどスケジュール的に厳しいということでない限り、これからもそういう話があったら進んでやると思います」
--やはり日本にいるよりも台湾の方が市場と言いますか、産業的には小さいですよね。先ほど自由度が高いというお話をされていましたが、そういうことなんですね。
「僕は長年台湾でこの業界にいてすごく思うことがあります。日本ではありえないなってことがある。例えば映画音楽にしても新人の脚本家、俳優にしてもそうですけど、日本って結構ステップがある。でも台湾のいいところはそのステップがない。そこは省いて、いいと思ったらすぐ使う。そこはすごくチャンスがあるところだなと思います。日本なら音楽経験がない人にいきなり映画音楽を作れなんて絶対にありえない話ですね。まあバンドもやったし、小さい頃はピアノもやったので全くゼロってわけじゃないけど、そういう人にいきなりやらせない。そういうところで台湾はすごく自由度が高いなって思います」
--その自由度だけじゃなく心地が良いとか、おもしろいとか、そのへんはどうですか?
「そうですね。心地が良いのは間違いないです。というのも、俳優に関して言えば演技に自由な空間を与えガチガチに固めない。でも日本はやはり固めてくるし、ちょっとセリフ変えたら言われることもある。脚本家の立場が上なんです。台湾は趣旨が変わらなければある程度自由に変えていい。そういう意味ではやりやすい。その反面自由度が高すぎるとブレるってこともある。ある程度経験のある俳優からするとすごく心地よいです」
--演出もそうですが、これが正しいということはないと思うんです。お国柄もありますし。となると、自由度の高いやり方が好きな人は台湾に来ればいいということになるんですかね。今のご心境としては日本に戻って映画に関わるというお気持ちは?
「あります、当然」
--あるわけですね。
「今後10年・20年というスパンで考えたときには、いずれは日本でも。どういう立場かはわからないですが、生活拠点をいずれは東京に戻したいなとは思っています」
--なかなか台湾映画が日本に来ないんですよね。ですから蔭山さんの映像を見たいというファンには物足りないと思います。そういう機会があれば、夢のような良い話ですけど。
「僕は実現可能だと勝手に思っているので。夢というより目標ですね。自分が絶対に叶えていきたい目標です。そのうちのひとつが俳優としても脚本家としても、またはもしかして監督としても、自分の作品が日本で公開され同じ日本人の方々に見ていただける。その機会は貴重だと思います。それを通してもっと台湾映画が日本人にとって親しみやすいものになればいいなと。それにちょっと微力ですが携わっていければいいなと思っています」
--それがまた日本映画を刺激するわけだし、そういうルートができると、いろんな可能性が広がりますね。本当は脚本を手がけた『念念』のことも聞きたかったんですが。今回の作品で蔭山さんがお薦めしたいという部分がありましたら簡単にお伺いしたいです。
「こういうLGBTQの問題というのは僕の中ではすごく身近なことだと思っています。実際にプライベートでも友達にいますし、彼女、彼らがどう幸せになっていけるのか、それを異性愛者の人たちが一緒になって考えていかなきゃいけない問題と思います。そういう未来を想像して、これからどう向き合っていくべきなのかを見た方に少しでも考えてほしいです。それがまた日本映画を刺激するわけだし、いろんな可能性が広がりますよね」
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蔭山征彦さんのフィルモグラフィ:日本生まれ。 2005年に台湾映画「時の流れの中で」に出演。08年の「海角七号 君想う国境の南」のナレーターほかを受け持ち、09年には「あなたなしでは生きていけない」の音楽を担当、さらに12年の「父の子守歌」で初の主役を演じるなど多彩な才能を発揮。14年「KANO 1931 海の向こうの甲子園」では俳優として出演する傍ら若手の演技指導、演出補ほか多くの役割を担い、15年には自らの脚本「念念」がシルビア・チャンの目にとまり、脚本家デビューも果たした。
「バオバオ フツウの家族」は9月28日より 新宿 K’s cinema ほか全国順次公開
【紀平重成】