第737回「象は静かに座っている」
舞台は中国の田舎町。少年のブーは学校でイジメにあっている友達をかばい、もみあったはずみで不良の同級生を階段から突き落としてしまう。不良の兄のチェンは弟が死んだためブーを捜す一方、自身は親友の妻と不倫の関係にありそれを知った友人が飛び降り自殺したことで自責の念に駆られる。ブーの女友達のリンは教師との不倫が学校中に知れ渡り行き場を失う。そしてブーの近所に住む老齢のジンは娘夫婦から老人ホームへの入居を持ち出される。
上映時間234分。しかも画面は薄暗く、会話も心弾む内容からは程遠い自己弁護や相手の非難ばかり。それなのに見続けてしまうのは、そこに現代人が抱えている不安や悲しみ、あるいは疑念といったものの一端が見事に描かれているからだろう。これは我々の映画だ。
もう気の滅入るお話ばかり。しかも悪意があってというより偶然引き起こされたトラブルが玉突きのように次々と新たな面倒を引き起こしていく。共通するのはストレスの多い人間関係。うまくいかないのはすべて人のせい。自分を守ることに精一杯で、口を開けば「俺のせいじゃない」と逆に攻め立てる。友人を死なせてしまったチェンなどは折りあいの悪くなった妻に「お前が俺と付き合ってくれないから起きてしまった」と言い放つ始末である。
いまや政治体制のいかんに関わらず社会は複雑化している。自分の放った言動が回りまわって自分にツケがくることだってあるかもしれない。何でも人のせいにするのではなく、まずは自分で考え行動すれば、少しは社会も暮らしやすくなるかもしれない。どん詰まりのようなこの町も、そう考え行動する人の思いが重なり合っていけば……。
監督のフー・ボーもそんな思いに駆られたのだろうか。ピンチに立たされたブーに今この状態で何ができるかを考えさせている。その様子を見てチェンは飛び降りた友人の母親にある思いを告げるために電話をかける。どちらも人のせいにすることはもうやめようとの強い思いからであろう。
何かが変わろうとしているように見えて闇はまだ深い。やがて一つの糸に引き寄せられるように、バラバラだった彼らは2300km離れた国境の町満州里に向かう。「何しに行く?」とチェンに聞かれブーはこう答える。
「動物園に1頭の象が一日座っている。それを見るんだ」。
はたして未来は変わるだろうか。
ラストで闇夜に響き渡る象のけたたましい鳴き声。エゴイズムと無関心がはびこる社会への警鐘のようにも、また希望を求める魂の咆哮にも聞こえた。
監督のフー・ボーは映画の完成直後、自らの意志でこの世を去った。29歳。ああ惜しい! いまこそ見るべき作品にやっと出会えたというのに。
昨年の東京フィルメックスで日本初上映され話題になった「象は静かに座っている」は11月2日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中
【紀平重成】