第738回「台湾、街かどの人形劇」の楊力州(ヤン・リージョウ)監督に聞く
侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の「悲情城市」や「恋恋風塵」で脇役ながら印象深い演技を披露した李天禄(リー・ティエンルー)と言えば台湾伝統芸能の布袋戯の初代人間国宝でもありました。その息子で2代続けて人間国宝となった陳錫煌(チェン・シーホァン)に10年近く密着し、彼のワザと伝承することの困難さ、さらに父との葛藤まで描いたドキュメンタリーです。その楊力州監督にインタビューしました。
--陳錫煌さんが人形をうっとり見つめながら何か語り掛けている表情が素晴らしかったです。あの時に彼は何を話していたのでしょうか?
楊力州監督 「その日の撮影は素手の動きを見るところから始まりました。しばらくすると当時88歳のおじいちゃんからまるで8歳の子供が人形と遊んでいるようになりました。偶然人形が自分の顔に当たったとき『なんだよお前は』と怒るような言葉になり、我々は邪魔をせず撮り続けました。彼が人形と一体になり自分だけの世界に入ったなというシーンでした。その時彼は大したことは話していなかったんです。扇子はこうやって開くんだよと言って動かしたときに、うっかりその扇子が彼の顔にあたったので、自分で操っているのに人形に対して怒ったのです。88歳がすごくやんちゃな子供に戻り本当は操る側なのに人形の中に入ったと感じました。前に彼から聞いたんですが、どうすればいい人形師になれるのかは、その人形を人間として見るべきで、人形として見てはいけないということでした。それを思い出し、まさに彼は人形を人間として接していたと思いました」
--それを見たとき、「彼は本物だ」と叫びたいくらいでした。とてもいいお話です。大変ヒットしたということですが、その理由はなぜでしょうか。
「この人形劇というのは子供のころに誰もが経験した記憶の一つだし、映画を見てそれが消えていくという危機感を共有したことがヒットの原因だと思います。また男性の観客には映画を通して父や子供との関係をもう一度考え直すきっかけになりました。人形劇の映画はあまり関心を持たれないんじゃないかと心配でしたが予想外にヒットしました。皆さんはどうやったら消滅しないようにできるのかを知らないだけで、人形劇に関心がないわけではなかった。どう支援していけばいいかを皆さんが考えるいい機会になりました」
--途中で「ありがとうお父さん」と陳さんが言います。まさに父と子の確執を乗り越えてそういう気持ちになったのかと思いました。監督はどう受け止めたのでしょうか。
「いい質問です。私はこう見ます。『ありがとうお父さん』と言うその瞬間に彼は自分自身になれたんです。彼はずっと父親が巨人でその影の下で生きてきました。そう言った瞬間にかれは大人になった。父親はもう何年も前(1998年)に亡くなっていますが、過去のお父さんに感謝する気持ちもあるし、これからは自分自身を生きるのだという気持が込められていました。それから自分の名前を冠した劇団を設立しました。お父さんありがとうと言うのは一つの儀式です。そこを通らないと彼は自分になれません。自分になるための儀式であり、ありがとうは『お父さんさようなら』という意味だったと思います」
--自分の劇団を作るのがすごく高齢でした。
「そうです。彼は79歳で初めて自分の名前を冠した劇団を作りました。お父さんは巨大すぎたのです。子供のころから自分の意見を表現することを許されていませんでした。だれかが意見を求めたときも父親の考え方を話し、自分を表現することを忘れていました。しかしお父さんありがとうと言ってから、自分の意見を表現できるようになりました」
--活躍の時期が長いほうがいいとは限りませんが、高齢での独立ですから余計に長く長く活躍してほしいと思いました。
「この10年、彼を追いかけてきましたが、彼が体力だけでなく精神的に落ち込むときもありました。それでも映画が公開されてから世間は突然彼に対し、また人形劇に対し、さらに文化を伝承していくことに対して関心を持つようになり、それが話題となり、彼は40歳の起業家に若返ったように見えます。私と一緒にヨーロッパや日本に行ったり。いまは90歳ですが、むしろすごく生き生きとしています。時間は足りないかもしれませんが、まるで最後の花火のように最後の一瞬を輝かせています。花火は最後が一番美しいですよね」
--それを聞いて安心しました。
「彼はいまとても忙しいですよ(笑)」
--今後は芸術としての布袋戯とテレビでやる様な人形劇が共にあっていいと思います。
「私もテレビの人形劇は伝統的な人形劇を新しい表現の仕方で見せているので拍手を送ります。ただ一つ強調したいのは、テレビの人形劇はとても美しく音声効果もあっていいのですが、伝統的な人形劇はちゃんと基礎があり指の動きなどいろいろなトレーニングを積んだ上で表現していきます。特別な効果は入っていません。テレビの人形劇の制作者や視聴者にはぜひとも伝統的な人形劇を見てほしい。テレビの人形劇は形は美しいですが伝統的な人形劇は魂を持ったものであり、それを見たうえで制作に携わってほしいです」
--陳さんが人形に向かって語り掛けているのを見れば、「これは魂だ」と感じてくれるかもしれません。そういえば聾学校での実演で見守っている子供たちの表情が素晴らしかったですね。子供の感性を大事して、例えば学校でやるとか社会活動の中に取り入れられるといいかと思います。
「実は台湾のいろいろな小学校ですでにやっています。いまこの時間でもどこかの小学校に行って公演をやっています。子供たちの笑顔から逆に感動を受けました。私が期待しているのはこの小学生たちのような小さい子供たちにです。彼らの感性を育てたい。彼らに人形劇の将来を託したい」
--たとえば大陸でも人形劇は十分可能ですよね。
「勿論その可能性はあるかと思いますが陳さんは台湾語で活動しているので彼が大陸で広めるというのは難しいかと思います。大陸に行くとすれば福建省であれば言葉も台湾語に近いので通じるかと思います。しかしながら彼のところから独立した弟子は北京語でやっていますしフランス人や客家の弟子もいるので、こういった弟子たちが各地に行くことで人形劇を広める可能性はあると思います」
--面白いですね。世界中にそうやって広がっていくのであれば。ところで監督自身はどのシーンがお好きなんでしょうか(笑)
「先ほど言われました陳さんが人形に語り掛けるシーンももちろん大好きです。一番好きなのは素手だけ動かしているシーンです。人形よりも彼の腕を見ています。人形をかぶせていないですが僕には人形が見えます。本当に素手だけで高い芸術表現をしてくれます」
--それは相当彼の芸をご覧になっているからでしょうか。
(笑)
--あと舞台上でピョンと飛んでもうひとつの手にスポッと入るんです。あれはすごいです。
「彼は一生をかけて一つのことしかやっていません。つまり人形劇をちゃんと演じること。それ以外のことを彼は何にもやっていません。だからだと思います」
--(配給のスタッフに向かい)もう一問いいですか?
「大丈夫です」(スタッフ、笑)
--台湾にはドキュメンタリーの名作がいっぱいあります。たとえば「生命(いのち)、希望の贈り物」「無米楽」「天空からの招待状」です。現状と課題をお聞かせください。
「まず現状ですね。『生命(いのち)、希望の贈り物』は私の博士課程で指導を受けた呉乙峰(ウー・イフォン)教授の作品です。以前の台湾のドキュメンタリーは社会の底辺にいる人たちを見つめる作品が多かったのですが、いまは私のように文化とか芸術についての作品もあれば環境保護問題や台湾のアイデンティティについての作品もあります。例えば台湾とはいったい何なのか、中国との関係はどうなるのか、あるいは女性問題、同性愛問題と多種多様です。課題は、製作者たちはもっと世界に訴えるような作品を作らなければいけない。いま作っているのはすべて台湾人に訴えるものです。台湾はいろいろな圧力をかけられてきたという歴史があるので世界に発信することはなかなか難しいですが、それでも乗り越えるべきだと思います。私の見方ですが、台湾の映画界におかしな動きがあります。中国イコール世界、つまり市場は中国にあるという話です。でも世界は中国だけではない。世界は世界です。とても楽しい質問でした。ありがとうございます」
「台湾、街かどの人形劇」は ほか全国順次公開中【紀平重成】
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