第742回「19年私のアジア映画ベストワン」
お待たせしました。皆様から寄せられた「2019年 私のアジア映画ベストワン」の発表です。今回も10位から紹介して行きます。
「バーフバリ」の熱狂がまだ記憶に新しいインド映画から『パドマーワト 女神の誕生』がランクイン。ディーピカー・パードゥコーン命のせんきちさんにうかがってみましょう。「そのめくるめく映像美もさることながら、メーワール王国の国王ラタン・シンが口にする『歴史とは、燃やせば消える紙ではない』という台詞は、今日の日本への警句のようにも聞こえ、単に『華麗な歴史絵巻』では終わらない、現代に生きる我々にも様々な教訓を与えてくれる作品だと思いました」
まったくもって同感です。続いて9位。台湾のホラーゲームが原作の『返校』が入りました。昨秋、台湾で公開され興行記録を更新する大ヒットに。吉井さんは「メッセージ性、キャスティング、映像、音楽など全てにおいて高水準で、台湾での大ヒットも頷ける。日本公開が楽しみ。2019年は中国アニメにも良い作品があって悩みましたが……」。
8位に行きましょう。東京フィルメックスで上映された『熱帯雨』(シンガポール、台湾合作)。インド在住のXiaogangさんにうかがいました。「シンガポールとマレーシアの事情を取り込みつつ、都会に暮らす働く女性の家庭やキャリアを取り巻く様々な困難と、その中での選択を丁寧に描いた女性映画としても秀逸なのですが、その枠組を逸脱せずに女教師モノへと化していくところが好きです。特に、ファッションといい、髪型といい、そのたたずまいの『女教師らしさ』へのこだわりが尋常ではなく、そんなアンソニー・チェン監督の妄想を完璧に体現している楊雁雁が本当にすばらしいです」
そして恒例の“インド公開インド映画”のベストワンはタミル映画『Asuran』。「重いテーマながら、スローモーションのアクション、老け役と若いときの演じ分けなど、主演のダヌシュが最高にかっこいい。日本でのインド映画上映が増え、お気に入りの新作映画のいくつかはすでに日本語字幕つきで上映されていて、このベストワンの結果にも絡んでくるのを期待しつつ、インド在住者としてはうれしいような悔しいような複雑な気持ちです」
その気持ち分かるような気がします。この先、インド映画がどのように絡んでくるか、皆さんもお楽しみください。
7位はこれも台湾映画の『ひとつの太陽』です。もとはしたかこさんは「東京国際映画祭で上映されたチョン・モンホン監督の作品ですが、罪を犯した息子たちと彼らに向かい合えない父親との分断と家族の崩壊という、近年日本映画でもよく取り上げられるテーマでも、こちらの予想を超えた展開と結末に驚かされ、強く心に残りました。わからないからと拒絶しても向き合わなければならない子供に対し父親がどう受け入れていくか、そしてどう共感するか。この映画では極端な行動に思われるかもしれませんが、いかにもダメダメな父親がどう変化したのかが興味深く、今でも時々考えます」とのコメントをいただきました。
6位は韓国映画『神と共に第一章』。勝又さんの挙げた理由がユニークです。「タイトルがダサくて躊躇しましたが、他に見たいものがなく、韓国で凄く当たった&豪華キャストという情報だけで選択したら大正解。殉職した消防士(チャ・テヒョンくん久しぶり!)が地獄めぐりをして閻魔様から無罪を勝ち取れば蘇られるというストーリー。ファンタジーでありミステリー、スペクタクルにして人情物、今っぽい脱力系ギャグも忘れずに、エンタメのメガ盛り。徐々に明らかになっていく彼の素顔。家族。周囲の人々。サポートする地獄の使者3人も魅力的。最後はうっかり涙ポロリ。でもスッキリ。観客へのおもてなしが素晴らしい映画でした」
こんなに味わい尽くすように見てもらったら監督ほかスタッフ、キャストも幸せですね。
ここで上位ベスト5作品の紹介は一旦お休みし、ベスト10に入らなかった作品を順不同でご紹介します。たとえ下位といえども作品へのコメントの熱さは負けていません。
中国映画『死霊魂』(王兵監督)を挙げるのは小林美恵子さん。「山形で見ましたが、かつての『鉄西区』をこえる495分の長尺3部作であったにもかかわらず、無駄だったり冗漫に感じられる場面が1つもない……。その映画力は進化し続けていると感じました」
Lucaさんも中国映画で『高度1万メートルの奇跡』(原題『中国機長』)を。「次から次へと襲ってくるトラブルに冷静に立ち向かう機長、張涵予の姿が抜群にカッコいい。加えて機内に乗り合わせた“大陸のトンデモ乗客”たちの騒動がとても面白かった。楽しい中国のエンターテインメント映画だけれども、さりげない揶揄や政治的な問題を暗示しているような部分もあり、さすが香港の監督(アンドリュー・ラウ)だなと思いました」
一方、日中映画交流史を研究する劉文兵さんは『南方車站的聚会』 (The Wild Goose Lake)を挙げます。「『薄氷の殺人』でお馴染みのディアオ・イーナン監督と、グイ・ルンメイによるフィルムノワールの力作」
うーむ。まだ見てないのに傑作を確信している自分に驚かされます。配給さん、日本公開を是非是非!
映画祭のQ&Aで熱心に質問する姿をよく見かける杉山照夫さんは中国映画『美麗』にこだわります。「主役である美麗をただひたすら追うカメラワークとその役を演じた池韻の演技がすごかった。たとえば、恋人の女性から絶縁されて路上で泣き叫ぶ美麗をとらえたカメラワークと、そのあと、カラオケバーで悲痛にくれた彼女が一人歌う姿をワンシーン・ワンカットでとらえた場面。そして驚愕のラスト。恋人に再度、裏切られ、悲嘆にくれた美麗が、自分に付きまとう執拗な義兄を殺す。夜だろうか、彼女はそのまま義兄の家に入るが、カメラはその家のドアの前で止まったまま。やがて義兄のうめき声と美麗がナイフで何回も義兄を突き刺す音だけが聞こえる。そして彼女の静かな泣き声がきこえて、彼女の心情をあらわすかのような音楽とともにエンドタイトルが流れる。劇中ではいっさい音楽は使われておらず、すべて現場の効果音だけであった。それゆえにエンドタイトルに流れた音楽はまるで美麗を悼むレクイエムのようである。この映画は、悲しい、そして暗い話であるけれど、主演女優の池韻は、気丈なそれでいて感受性の強い美麗を演じた」
中国映画が4本並んだあとは韓国映画を。
『飛べない鳥と優しいキツネ』を挙げたのは柴沼均さん。「女子中学生が主人公で、追い詰められ、自殺を決意するまでになった主人公が、ささいな助けやちょっとした奇蹟で立ち直っていくという私好みの何とも切なくて愛しい青春映画。人間の弱さも、さりげなく、でもきっちり描いていて、描写が細かいなあと感心しました。そして、子ども達を助けなければいけない親や教師達のふがいなさ。こんなにも生きづらいのに、しっかりと成長していく子ども達をとにかく応援したくなります。寂しい思いをしたことがあるすべての人にみてもらいたい作品でした」
千葉一郎さんは『バーニング 劇場版』を勧めます。「どこまでがリアルで、どこからがアンリアルか(あるいはその逆)といった考察が、自ずと見る側に湧き上がってくるのは、例えば『ジョーカー』などと同じ。そして、そこに正解が用意されていない(あるいは正解が無数にある)という点も同様だ。本作の宣伝文句にあった“究極のミステリー”とは、ストーリーそのものよりも、映画全体の佇まいを指すものであったに違いない(たぶん)。「ある」と思い込むのでなくて、「ない」ことを「忘れる」(ヒロイン?が“パントマイム”のコツを説明する際の台詞)といったヒントを、映画の序盤に配する配慮をありがたく受け取りながら、唯一無二の世界観を堪能しました」
このところフィリピン映画の活況が喧伝されています。よしだまさしさんが推すのは『Hello, Love, Goodbye』だ。「昨年は32本のフィリピン映画を見たのですが、そのうちでダントツに素晴らしかったのがキャスリン・ベルナルド主演のこの一作。香港で家政婦として働く若いフィリピン女性を主人公に、海外で働くフィリピン人の現実と夢を描いた心に染みいるドラマでした。さすがは恋愛映画の名手キャシー・ガルシア・モリーナ監督!その他、極私的な好みでは、同じくキャスリン・ベルナルドがキャシー・ガルシア・モリーナ監督と組んだ『the hows of us』、エリッチ・ゴンザレス主演の『We Will Not Die Tonight』『SIARGAO』の2本、ブリランテ・メンドーサ監督の『ミンダナオ』を挙げておきます」。
香港で働くフィリピン人の話といえば『淪落の人』にも出てきましたね。同じ題材がどう描かれのか比較するのも面白いかもしれません。
大阪アジアン映画祭のプログラミングディレクターの暉峻創三さんもフィリピン映画の中から『Write About Love』を挙げます。「19年末のメトロマニラ映画祭で披露されたフィリピン映画。メインストリーム恋愛映画を信奉する新人女性脚本家が、インディーズ映画を崇拝する男性脚本家とコンビを組まされ、恋愛ものでメジャーデビューすることに……。その過程で起こる衝突とロマンスを描くというアイディアが、実に素晴らしい」
確かにこの作品見たいですね。もしかしたら3月の大阪アジアン映画祭で見ることができるでしょうか?(祈る気持ち)
さあ、いよいよベスト5のご紹介です。
第5位は台湾映画『幸福路のチー』。松本さんのコメントです。「ソン・シンイン監督が半自伝的な物語をノスタルジーあふれる映像にまとめていくには、アニメーションが欠かせないと考え、たとえ遠回りになってもアニメを学ぼうと判断したことに驚かされます。それほど伝えたい歴史が自分にも、そして台湾という小さな島にはあると考えたからでしょう。その中で最も訴えたかったのは台湾の複雑な歴史や多様性に富んだ民族的構成だと思います。映画の中で祖母はこう語ります。“お前の血の4分の1はアミ族だ”。そして“周りと違うことがお前の強みになる”とも。世界最長の戒厳令を潜り抜けてきた台湾の人たちの新たな歩みに注目したいと思います」
続いて4位は『淪落の人』です。昨年はベストワンの上位3作品に香港映画が2本(『トレイシー』『29歳問題』)も入ったのに、ここまで全く音沙汰無し。香港映画ファンを心配させてしまったかもしれませんが、ご安心ください。ここはこの方にコメントしていただきましょう。茶通さんです。
「大阪アジアン映画祭で上映された本作は、19年に観た香港映画でもっとも出色だった。仕事中の事故で車椅子生活を余儀なくされている男(アンソニー・ウォン)と、そこにやってくる新しいフィリピン人家政婦が主役。男は妻とは離婚し、息子は海外にいて、妹との関係もギクシャク、希望や夢などもてない生活を送っている。家政婦にも事情があり、カメラマンになりたいという夢を諦めている。最初は言葉も通じなかった2人が歩み寄り、お互いを思いやり、“夢”を見つけていくという話だ。老練と言っていいアンソニー・ウォンの演技の素晴らしさはもちろんだが、主役の2人を見つめている監督の視線が温かく優しい。それは画面の色調にも表れている。しかしこの映画が出色なのはそれだけではない。実は香港にはたくさんのフィリピン人が家政婦として働いており香港の一部になっているのだが、香港映画ではまるで存在していないかのようだった。ところがこの映画ではその仕事を評価するだけにとどまらず、主役に据えたのだ。住み込みで働くフィリピン人家政婦は、週に1日の休みはあるものの、24時間勤務と言ってよくかなり大変な仕事だ。また家政婦用のビザでは家政婦以外の職に就くことはできない。だからこそ、フィリピン人家政婦を登場させたことで、人はどんな境遇でも“夢”は持てるというこの映画の主題がより強く心に響いてくるのだ」
3位に行きましょう。
韓国映画『金子文子と朴烈』です。岸野令子さんは「今の日本の状況で、公開出来た意義が大と思います。作品もバランス感覚が素晴らしいです。私自身が配給にも噛んでいるのですが、敢えて投票します」と公開までの苦労をにじませます。
私もベストワンは別の作品を挙げていますが、一言。「文子役のチェ・ヒソの気合の入った演技が素晴らしく、実に魅力的でもありました。同じ大阪アジアン映画祭で上映された『アワ・ボディ』とは別人のような表情が印象的で、それぞれの役になりきった演技力に感心しました」
そしていよいよ2位です。
暮れも押し詰まった27日からの先行公開が行われたため2019年のベストワンに参加できることになった『パラサイト 半地下の家族』です。まずは「ぴあ」編集部の坂口英明さんにじっくり伺いましょう。「年内公開となったこともあり、文句なしの2019年ベスト作品と思います。『工作』『国家が破産する日』のようなポリティカル・サスペンスだけでなく、『毒戦 BELIEVER』『神と共に第一章罪と罰』『神と共に第二章因と縁』や『完璧な他人』など、韓国映画、バラエティに富んでいて素晴らしいと実感した1年。まさにトリの1本でした。『リトル・フォレスト 春夏秋冬』『守護教師』といった小品も好きです。女性映画、ラブコメが少なかったですね」と韓国映画の1年をまとめてくださいました。
文筆家の宋莉淑(ソン・リスク)さんも「2019年だけでなく、アジア映画史上歴史に残る作品。いくつものジャンルに相当し、一般、映画関係者の両者をうならせる芸術性、エンタメ性に優れた傑作。キャスト、技術スタッフを含め、ポン・ジュノ監督のセンスが光り輝く作品だった。この作品が強烈すぎて19年の他作品は運がなかったとしか言いようがありません」と絶賛します。
実はわたくしもベストワンに本作を挙げました。映画の醍醐味がこれでもかというほどに詰まった稀有の作品なので、ただただ「みなさん、どうぞご覧ください」としか言えません。ポン・ジュノ監督は「道化師のいないコメディ」「悪役のいない悲劇」と解説していますが、そんなことを可能にした腕力とその成果を同時代に見ることができる幸せを感じるばかりです。
さ、いよいよベストワンの発表です。それはインド映画『バジュランギおじさんと、小さな迷子』でした!
えどがわわたるさんのコメントから。「迷子となった小さな女の子を、パキスタンが実行支配しているアザド・カシミール地域へ不法入国しながらも送り届けるという、若い頃ヤンチャだったサルマン・カーンのイメージを覆すストーリーに感心しました。娯楽映画ですが、国家間の問題も戦争によらずに解決する糸口は必ずある筈と、教えてくれるような作品でした。『血の抗争』part1、part2に出演した俳優が、脇を固めてロード中に出てくるというのも、楽しめました」
ナガタイツコさんは『台北暮色』と1位同着としながらも、「どちらも、人とのつながりについて、考える機会を与えてくれた作品でした」と語ります。
国分寺で大陸バー 彦六(織田島酒店)を営み、「お茶の間ボリウッド」を主宰する織田島高俊さん。「最後の最後にはきっとこうであって欲しい、そしてそうなったらもう泣いちゃうしかない、と期待させられて、まさにその通りに大団円で気持ち良く泣かされた作品でした」
滅多に映画を見る習慣のない大学時代の友人が私の送った映画写真入り年賀状(19年)を見て作品にひかれ、夫婦で鑑賞して大感謝されたことを思い出しました。
<私のアジア映画ベストワン>投票結果
①『バジュランギおじさんと、小さな迷子』(インド、カビール・カーン監督)
②『パラサイト 半地下の家族』(韓国、ポン・ジュノ監督)
③『金子文子と朴烈』(韓国、イ・ジュンイク 監督)
④『淪落の人』(香港、オリヴァー・チャン 監督)
⑤『幸福路のチー』(台湾、ソン・シンイン監督)
⑥『神と共に』(韓国、キム・ヨンファ監督)
⑦『ひとつの太陽』(台湾、チョン・モンホン監督 )
⑧『熱帯雨』(シンガポール・台湾、アンソニー・チェン監督)
⑨『返校』(台湾、ジョン・スー監督)
⑩『パドマーワト 女神の誕生』(インド、サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督)
ご投票いただいたみなさん、本当にありがとうございました!今年も良い作品に出会える年になりますように!