第755回「熱中!フィリピン映画」
本コラムの年末年始恒例「 私のアジア映画ベストワン」に毎年フィリピン映画を挙げられているよしだまさしさんが「熱中!フィリピン映画」を上梓した。これがなかなか面白い。なぜ本を出すほどにフィリピン映画にはまったのか? あるいは、次々とリメイクされた韓国映画『怪しい彼女』の各国版を見比べるとフィリピン版の作り方が一番いいと感心したわけは? こういったさまざまな問いに対する著者ならではの見解は妙に説得力があり、いつのまにかフィリピン映画に馴染んでいる自分(筆者)に驚いているのである。
最初に、本を出すに至った理由が分かりやすく紹介されている「はじめに」についてお話したい。
まず著者は本書について「日本人を対象にフィリピン映画を紹介しようという無謀な書であります」と断る。続けて「なにゆえ無謀かというと、そんなものを読もうなどという日本人がそうそういるわけがないからです。だって、フィリピン映画ですよ。ふつう観ないでしょ? 観る理由がないですもん。たとえ観たいと思っても、観る機会そのものがほとんどないし。まあ、一般的な日本人だったら、一生のうちにフィリピン映画を1本も観ないですよね。フィリピン映画というのは、日本においてはそれくらい超マイナーなジャンルです」と開き直るのだ。真っ向からこう主張されてしまうと本当に無謀に思えてくる。
では東京国際映画祭などでフィリピン映画が上映される時に観客が大勢やって来るのはなぜか? それは「フィリピン映画だから観に来る」のではなく、「映画祭で上映される映画だから観に来る」のでしょうとよしださんは分析する。確かに映画祭で上映される作品はプログラミングディレクターによって厳選され、観る価値があると保証された作品ばかり。しかもこのような作品は大半が映画祭だから上映されるインディペンデント映画だという。
ところがよしださんが本書で紹介する作品は、フィリピンの普通の映画館で上映され、普通の観客が観に行くような、いわゆるローカル映画だと断る。「えっ、映画祭で話題になるような作品を取り上げないで果たして読み手はいるの」と思わず心配になる。さらにフィリピン映画はタガログ語が中心なのに聞き取る能力なし、英語の字幕もちょっと……と無いもの尽くし(いずれも著者本人の見解)。「とても人様に内容を紹介するほどの力はない」と正直に打ち明ける。
にもかかわらず、どうしてフィリピン映画を紹介する本を作ろうとしたのか? よしださんの答えは「他に誰もいないから」だった。香港、中国、台湾、インドの映画を日本に紹介する本を作れる人は大勢いるものの「フィリピン映画に関する本を作ろうなどという酔狂な日本人は、おそらくは僕しかいないです」とまで言う。そして、「僕にしかできないことをやるというのは、どんなに無謀であっても、とってもたのしいじゃありませんか」
「はじめに」でこう語るよしださんがなんだかうらやましくなってきた。
では具体的にどんな作品がフィリピンで普通に見られているのか。よしださんが興行収入記録のオールタイムベスト10を参考に「フィリピンで大ヒットしているのはコメディ映画と恋愛映画だけ」と言い切る。それは最大手映画製作会社のスターシネマが恋愛映画を得意とし、また恋愛映画の好きなフィリピン人が映画館に大挙して押し寄せるからという。
中でもキャシー・ガルシア・モリーナ監督の作品は超人気で、他の作品を大きく引き離しベスト1『Hello,Love,Goodbye』(2019)、2位『the hows of us』(18年)を独占している。彼女の非凡なところはアイドル女優だったキャスリン・ベルナルドを「大人の女優に脱皮させた」という点。それは「ただただ賑やかなだけで薄っぺらい役が似合っていた香港映画のマギー・チャンがウォン・カーウァイの『いますぐ抱きしめたい』『欲望の翼』に出演することで名女優へと変貌を遂げたのと、まったく同じ印象を受けてしまった」と紹介。
もしかしてモリーナ監督はフィリピンのウォン・カーウァイ監督? いやそれ以上なのかも。
冒頭で紹介した韓国映画『怪しい彼女』のリメイク版についても触れておこう。フィリピンでは『Miss Granny』の名前で18年に公開。家庭で厄介者扱いされていた主人公が遺影のための写真を撮ってもらい写真館を出るとなんと20歳に若返っていたという構成はオリジナルの韓国版と同じ。吉田さんが感心したのは公園を通りかかったオドリーが踊り出し「あっ、こんなに体が自由に動く。動いても体が痛くない。私は自由だ!」と喜びを爆発させる場面という。「楽しそうに踊るオドリーの身体中から喜びがあふれだし、その喜びのオーラが観客を幸せへと巻き込んでいってしまう。この場面を演じたサラ・ヘロニモの素晴らしさよ」とべた褒めだ。
たしかに「昔の体に戻れたら」というシニアの素朴な気持ちを巧みにすくい取った演出は光っている。
今のようにネットフリックス等で素早く大量にフィリピン映画を観ることのできる時代からは想像もつかない苦労を経て来た体験をつづった「フィリピン映画を観る方法」など読み物が満載。もっともっとご紹介したいのだが、それはぜひとも本をご購入の上ご確認いただきたい。著者の「熱中」ぶりが体感できることは間違いない。A5判124ページ、送料込み1,000円という自費出版。お申し込みは下記へ【紀平重成】
http://garakuta.blue.coocan.jp/denei/philippines/necchuu/necchuu.html