第760回「THE CROSSING ~香港と大陸をまたぐ少女~」
大陸の深センから香港に越境通学する女子高生の姿を通じ物理的にも文化的にも越えがたい壁に翻弄される人々を描いた作品。昨年の大阪アジアン映画祭で日本初上映された際のタイトルは『過ぎた春』(原題『過春天』)。孤独な少女がスマホの密輸入グループに居場所を見つけ大人になっていく物語はテンポの良さと共に甘酸っぱさの滲む青春映画に仕上がっている。
16歳の高校生ペイは香港人の父と中国人の母を持ち、母と住む深センの家から香港の高校に通学している。母は家で友達と麻雀にふけり、それで生計を立てている。一方香港で別の家族と暮らす父は国境付近でトラックの運転手をしている。
孤独なペイは学校で親友ジョーと過ごす時間が唯一の楽しみだ。そのジョーと北海道旅行を夢見ているものの夢をかなえるにはお金が不足している。そこでジョーの彼氏のハオに頼んでスマホの密輸団に入れてもらった。
深センから香港の高校に毎日通うペイは税関で怪しまれることもなく、度胸の良さもあってすぐに実績を上げる。グループ内でも疑似家族のように可愛がられ自信を深めていく。そんな折りハオから危険な仕事を持ち掛けられ、さらに彼との仲をジョーに疑われ窮地に追い込まれるが……。
白雪(バイ・シュエ)監督はヒロインが深センと香港という政治的にも文化的にも異なった環境の間を毎日行き来する設定にひかれたという。そこで2年間にわたってインタビューや取材を重ね、一国二制度の下、関税の優遇措置が講じられている香港から大陸へ大量のスマートフォンを密輸するグループの話をベースにして脚本を書きあげた。初監督ながらリアルを求め徹底的に材料を集めたことが成功していると言えるだろう。
もう一つ感心したのは、香港人が縦と横の移動を使い分けて生きている姿を監督が巧みに脚本に取り入れていることだ。よく言われることだが、香港では市街地の面積が狭いためビルはペンシルのように上に高く伸びていくしかなく、さらに見晴らしのいいフロアは庶民には手が出ないほどに価格が跳ね上がる。
同じ理由で高台に散在する高級住宅地にも高額所得者が集まり、上下の移動(移住)はまさに経済格差を表す指標ともなっている。本作でもプール付きの邸宅がそれを明瞭に示している。
一方、横への水平移動はペイのように日常の行為として税関を通過する分には何の支障もないが、それがスマホや麻薬を運ぶ違法行為となれば捕まるリスクは格段に高まり、大きな障壁として立ちはだかる。裕福な生活を求めて繰り返し行われる水平移動(境界をまたぐ行為)に焦点を当てた本作は法に管理されたそんな越境の構造とダイナミズムを見事に映像化した作品と言えるだろう。
映画の中で最初は好意を寄せるハオに連れられて、そして2度目は反発する母親と共に香港の高台から眼下の美しい街並みを見下ろすペイの脳裏にはどのような夢が広がっていただろうか。
なお原題の『過春天』は「密輸品が無事に税関を通り抜けた」という業界用語。「春を過ぎる」という本来の意味合いもあるのだろうが、個人的には「香港のまたの春」を祈りたい。
また本作のエグゼクティブ・プロデューサーには『青い凧』の田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)監督が当たっている。
『THE CROSSING ~香港と大陸をまたぐ少女~』は 11月20日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開【紀平重成】