第774回「マジック」
キネカ大森など全国11劇場で公開されたインディアンムービーウィーク2021のパート3。歴史大作『バジラーオとマスターニー』は別の媒体でご紹介しているが、人気俳優ヴィジャイ主演の『マジック』も取り上げない訳にはいかない。なぜなら今のインド映画の勢いと魅力が余すところなく詰まっているからだ。その一端を本欄で披露したい。
チェンナイの低所得者層地域で開業するマーラン医師は、低額で患者を診る人徳者で、国際会議でも表彰される。しかし彼の周りで医療関係者の不審死が相次いで起こり、警察は医師を拘束して尋問する。そこで浮かび上がったのは、ヴェトリという名の彼と瓜二つの奇術師。二人には共通する過去があった。
はじめは徳の高い善良な医師の物語かと思っていると、いきなり医療関係者が次々と殺されていく本格的スリラー。しかも容疑者として浮かび上がったマーラン医師とそっくりのマジシャンが現れるのだ。ぐいぐいと話の中に引き込まれ先の展開を知りたくなってくる。そんなおりに病院建設への協力者を装うグループが現れる。本心は医療を金儲けの手段とてしか見ていない上、悪行の数々を繰り返し病院に掛ける人々の思いを踏みにじっていく。
典型的な勧善懲悪の映画だが、それでいてワンパターンになっていないのは、悪を懲らしめたいという観客の総意を爆発寸前の域まで高めた脚本のうまさであろう。あの大ヒット作『バジュランギおじさんと、小さな迷子』で偶然迷子になった幼い女の子を信仰心篤い青年が宗教の違いを越えてインドから女の子の生まれ故郷パキスタン奥地まで送り届けて涙を誘ったV・ヴィジャエーンドラ・プラサードが脚本に加わっているということを知れば十分に納得のいく出来栄えだ。
医療現場が不正にまみれているとまではいわないが、インド国内の時事的要素を巧みに取り込みながら前半張り巡らした伏線が後半明らかにされていく社会派スリラーとして娯楽性にも富むバランスの良さが売りの作品には「さすが映画大国」と唸らざるを得ない。
最後まで作品を見ると、「インド人の恨みってすごい。一体どこまでついて回るのだろう」と思ってしまう。たとえば仮に「世代を跨いだ因縁復讐モノ」というジャンルを作ればすぐに『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995年)、『オーム・シャンティ・オーム』(2007年)、そして本作(17年)と大ヒットした名作がすぐに思い浮かぶ。事件や事故、そして絶対忘れてはいけない不正までなんでもすぐ忘れてしまうように見える日本人とは大局観が大違いであることを思い知らされる。
タミル語映画のスーパーヒーローのヴィジャイについても一言。取り立てて美男とも思えない(ファンの方、すみません。個人的意見です)彼を169分の長尺で初めて意識して拝見し、肩に余分な力の入らない自然な演技こそ魅力の源泉なのだと実感した。気づくのが遅くてすみません。
【紀平重成】
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「私のアジア映画ベストワン」の投票を今年も募集していましたが、1月20日に締め切りました。多数の応募をいただきありがとうございます。これから集計に入りますが、1月末を目指して編集の上発表したいと思います。どうぞお楽しみに。