第775回「21年私のアジア映画ベストワン」
お待たせいたしました。「私のアジア映画ベストワン2021」の発表です。新年早々の恒例行事として10年以上開催していますが、特定の1地域で作られた作品がこれほど上位を独占したのは初めてです。こう紹介すれば、もう皆さんお分かりでしょう。具体的な作品名の発表は後半のベスト5までお待ちしていただき、まずはこだわりのベストワンを挙げてくださった方々の熱い弁を順不同でご紹介いたします。
最初にご登場するのは映画評論家で大阪アジアン映画祭プログラミングディレクターの暉峻創三さんが推す『女子学校』です。「2021年最大の収穫と言えば、台湾国際女性影展が開幕作に据え、3本のデジタル修復作品による特集も組んだミミ・リーの監督作に出会えたこと。エドワード・ヤン、侯孝賢らと同世代に属する1946年生まれ。『台湾ニューシネマ』に光が当てられる傍ら、そこに属さなかった監督から生み出された秀作群が如何に見落とされ、忘れられてきたかを思い知らされた。敢えて1本に絞るなら、80年代前半に早くもレズビアン題材を扱っている点でも注目される『女子学校』(82)を挙げたい」
いや、これは知りませんでした。ぜひ特集上映等で見たいですね。興味のある方はこちらをご確認ください。
続いて中国作品を並べます。大阪大学准教授の劉文兵さんは『一人と四人』(原題『一個和四個』)をベスト作品に挙げました。「東京国際映画祭ワールドプレミアで上映された中国映画。雪山の奥にある小屋を主な舞台としたサスペンス・ガンアクション。クエンティン・タランティーノ監督『ヘイトフル・エイト』(2015)へのオマージュと思われ、タイトルは中国第五世代監督の誕生を世に告げる『一人と八人』(1983)を想起させる。寓話的な物語、洗練された映画言語、厳しい寒さが体感できるような画面の質感をつうじて、イデオロギーとは無縁な人間のサガを浮き彫りにしている」
一方、ぴあ編集者の坂口英明さんが挙げたのは『春江水暖~しゅんこうすいだん』でした。「母の誕生日を祝う宴から始まり、満月の秋があり、雪の旧正月、そして富春江の水も暖む春。辛いこともあれば、楽しいこともある。わたしたち日本人も共感できる、すこし懐かしくもある風景でした」
中国の次は韓国です。『チャンシルさんには福が多いね』の配給・宣伝も兼ねた岸野令子さんはコメントへの熱量が上がります。「世界共通アラフォー女性の未来、まだやり直せるとエールを送りつつ、映画ファン感涙の小ネタを散りばめた女性映画の傑作。たくさんの福がもらえた作品」。邦題もいい感じでしたね。
日本とマレーシアの合作「COME & GO カム・アンド・ゴー」を推すのは柴沼均さん。「大阪が東南アジアの北限という言葉を聞いたことがありますが、東京ではこんな感じのウェットさはありません。町のあちこちにアジアの人が溶け込み、日本、アジアのさまざまな人たちの交差点になっていたことがわかります。日本人もフラットに登場し、ひどいことをする人もいれば優しい人もいる。国籍を超えた友情、愛情も生まれる。つらいエピソードも含めて町は生きています。各国の名優を集めてしっかりとした演出を見せてくれたリム・カーワイ監督に拍手。なお、コロナ禍で外国人の方は大変で、日本への新規入国もできませんが(22年1月現在)、今の大阪のアジア人がどうなっているのかの新作を観てみたい」
毎年フィリピン映画の魅力を語ってくださる、よしだまさしさんは「長いこと映画館の閉鎖が続いていたフィリピンですが、ネット配信で新作を公開することで徐々に新作映画の本数も増えてきました」と今後に期待。「ベストワンをどれにすべきかけっこう迷ったのですが、今回はとにかくシンプルに楽しかった『Princess Dayareese』に決めました。小さな島国の王女とそっくりだったことから王女の身代わりになった詐欺師のヒロインが、王国の後継者選びに巻き込まれて嘘偽りのない生き方に目覚めるという、ちょいとおとぎ話風の物語。いささか強引なストーリー展開なれど、人気絶頂のマイマイ・エントラータという女優の魅力だけで押し切った作品であります。女優に勢いがあるというだけで、映画がいかに光り輝くか、それがよく分かる作品でした」。同じような女優さん、今の日本なら誰でしょうか?
昨秋イメージフォーラムで公開された『ミッドナイト・トラベラー』を選んだのは小林美恵子さん。「アフガニスタンの平和についてのドキュメンタリーを撮ったハッサン・ファジリ監督でしたが、その内容に激怒したタリバンから死刑を宣告されます。妻と幼い2人の娘を伴って国外に脱出し、ハンガリーに入国するまでの500日、4か国を経た旅を3台のスマホで撮影した映画。被写体だった娘も時には撮影側に回ります。そんな方法や生活にも関わらず完成度は高く、一家の心情や主張がひしひしと伝わってくる内容にも驚き心打たれました。特に本人も女優であり映画監督でもある妻の、家族に対してだけでなく、自らの立場や仕事に関してもぶれず、また環境に流されることもなくより良い場所を目指して生き抜こうという姿勢が印象に残ります。彼ら一家の今後のしあわせと、政治やテロによって生活が破壊されるような世界の終焉を願って」
続いて毎年2000本の作品を制作する映画大国のインド。その中から選りすぐりの作品を岡 満美子さんに紹介していただきます。「様々な言語があるインド映画で、キラリと光る作品が多いのはタミル映画とカンナダ映画だと思っています。2021年のベストとして、タミル映画『Karnan』と、カンナダ映画『Garuda Gamana Vrishabha Vahana』を挙げます。『Karnan』は、カースト差別というよくあるテーマながら、主演のダヌシュが神々しいまでの存在感を放つルンギ(村人)対カーキ(警察)の対決アクション。『GGVV』は、ラージ・B・シェッティとリシャブ・シェッティという、カンナダ映画の今後を担う監督兼俳優を主演に、とぼけた風味と美学と残忍さが同居する男の友情とその崩壊。多くの期待作が延期になって公開作が少ないなか、2020年代を代表する作品になりそうな見応えのある二本でした。」
さあ、いよいよベストワン5作品のご紹介です。5位の『我が心の香港 映画監督アン・ホイ』を挙げたのは竹内 京さんです。「香港映画の巨匠、アン・ホイ監督を追ったドキュメンタリー。映っているのは、煙草をふかしながら豪快に笑い、スニーカーで街を歩きまわる香港のおばちゃん。そのアン・ホイ監督はこう語ります。「香港という土地は大勢が流れ着いて出会いが生まれいっときを過ごす場所。人間が助け合うのは当然のこと。みんな難民だったからこその付き合い方かもしれない」。この映画を観ることで、アン・ホイ作品、そして香港映画になぜ惹かれるのか、その理由がわかったように思います。同じ時期に公開されていたアン・ホイのプロデュース作品『花椒の味』もそんな魅力の詰まった香港映画でした」。監督のいう「みんな難民だったからこその付き合い方かもしれない」は今後の香港を考える意味で噛みしめたい言葉です。
続いて4位は『理大囲城』です。杉山照夫さんのカメラのように動き被写体に反応する目線をどうぞ味わいください。
「逃亡犯条例改正法の成立を阻む抵抗運動で窮地に追いやられた香港の学生たちが香港理工大学にたてこもり、脱出を試みるドキュメンタリーです。この映画が素晴らしいのは撮影者が大学内にたてこもったこと。学生たちが建物から脱出するとき撮影者も彼らを追いかけます。カメラに映っていたのは逃げる学生と取り押さえようとする警官たちでした。白兵戦さながら、殺されるかどうかの……そうまるで戦場のようなシーン。警察ではなく軍隊。学生も語っていましたが、彼らは特殊訓練された特別な警察隊とのことでした。
いよいよ包囲網が厳しくなったころ、高校の先生たちが大学に入り、警察との交渉案を持ってきます。今、投降すれば身分証を提示するだけで家に帰すという案に学生たちは動揺します。家に帰った後、警察から召喚されることを彼らも知っているのですが、しかしここまでくると家に帰りたい、ぐっすり寝たいという人たちが続出し、強硬突破を主張する者たちはそんな彼らを押しとどめようと説得を続けます。今、投降すべきか、それとも残って強硬突破をするか、2者択一を迫られるこのシーンは、見る者の心を揺さぶります。
同時期に撮られた『時代革命』では、理工大学の内部に入る大階段が下から映っていました。一方、『理大囲城』は、この大階段を大学内部の階段上から映しています。先生の呼びかけに応じ警察に投降する学生たちがあきらめたようにうつむいて階段を下っていく、途中で考えて引き返そうとするもの、「大事なのは自由だ、革命だ、だから戻れ」と叫ぶ人たちを上から捉えたこの延々と続く大階段のラストシーンは見事というほかはありません。あるがまま映し出されたドキュメンタリー映画の神髄がここにあると思いました」
ゆずきりさんにも語っていただきましょう。
「作品は映画祭での上映、および配信で見ました。2019年の香港の人々の重要なシーンを、その場にいた人が映像にしてくれたドキュメンタリーですが、人々の顔はほとんど映りません。それでも、登場する人たちの心情は想像するに余りあります。仲間との別れの場面、階段を上り下りする人を遠くから撮った映像など忘れられません。いつか映された人々もこの映画や東京フィルメックスで上映された『時代革命』を見られますように。ドキュメンタリーとしては『我が心の香港 映画監督アン・ホイ』もとてもよかったです。数々の傑作を生み出してきた監督としての姿だけでなく、ふだんのチャーミングな姿やご家族との交流、ひとりの香港人としての側面など、さらにファンになりもっと作品を見たいと思わせるドキュメンタリーでした」
そして3位はベニー・チャン監督の『レイジング・ファイア』でした。えどがわわたるさんは「『1秒先の彼女』と迷いました。また、21年の東京フィルメックスで上映された『時代革命』をやはり選ぶべきではないかとも考えました。監督の遺作となった本作は、中国本土公開のための大人の事情なのか、警察内部の腐敗描写に若干物足りなさは感じますが、映画としての面白さは最高で、二人とも主演男優賞として選びたいドニー・イェン、ニコラス・ツェーのベスト・キャスティングも相まって選びました」とベストワン並みの評価です。
Keiさんも「香港映画の行く末も不透明な中、原題通り、燃え盛る火のような作品を遺して逝ってしまったベニー・チャンを思い、この作品をベストワンに選びました」と語り、58歳という早い才能の喪失を惜しみました。
そして…。中国との合作も含め香港映画がベスト5を占める勢いだった今回の「私のアジア映画ベストワン2021」レースで堂々の2位に食い込んだのは21年の東京フィルメックスで上映された台湾映画『瀑布』でした。
せんきちさんは「外壁工事のためのブルーシートに覆われたマンションの一室で繰り広げられる母と娘の葛藤、やがてブルーシートが剥がされた時、母娘の日常にも陽光が差し始める。父の裏切りを知った娘の孤軍奮闘、周囲の支えにより精神の崩壊から立ち直っていく母、そして、あの印象深いラスト等、ストーリーの見事さもさることながら、コロナ禍におけるリアルをいち早く描いた映画としても特筆に値すると思います」
筆者の私も一押しでした。チョン・モンホン監督の作品は長編第1作の『停車』以来欠かさず見るようにしています。そのわけは後半からラストにかけて必ず主人公や家族、仲間にブラックコメディのような暗転が訪れ、絶対絶命のピンチからどう抜け出せるか、またはできないままとなるのか、そのあがきをドキドキしながら見ることになってしまう、一見突き放したかのような展開が魅力です。人は危機が近づいても気づかないのだという風にも見えるお話ですが、人生そんなものと諦めてしまうのか、それとも警告と受け止め努力するのか。選択肢は自分にあるのだと思います。
さて、お待たせのベストワン1位。それはデレク・ツァン監督の『少年の君』でした。皆さんの予想は当たりましたか?匿名希望のYさんは「最後のお説教じみたエクスキューズを入れることで、描きにくい社会問題を上手 くすくい上げて見せていると思いました。中国国内でもいろいろな見方があるよ うですが、「高考」の前でもがく若者たちを強いインパクトとともに映していると感じます。周冬雨は、薄幸な感じの役がはまっていて、目が離せない感じでした」
勝又美子さんも「主人公の不良少年の泥だらけの純情に胸打たれました。苦境を脱して広い世界に行くことを夢見るつよく賢い少女に恋する彼の、「君が世界を守るなら、俺は君を守る」というセリフ。ずぶ濡れの仔犬みたいな彼の健気さに泣かされましたが、よくよく考えると深い。ひと昔前の、大望を抱くのは男でそれを支えるのが女という構図をサラッと飛び越えてきた。単純な男女逆転とかどっちが上とかでもない。いうなれば適材適所。なんとなくSDGs。それぞれがやりたいことをやって、一緒に生きていけたらいいよね。このフラットな視線はいじめっ子や警察や先生たちにも注がれ、一方的に愚かだとか無能だとか決めつけない。世界は複雑で、よきことも悪しきことも存在する。それを認めた上での物語作りに救いと品の良さを感じる作品でした」と激賞します。
昨年は香港が政治的も文化的にも中国の影響力が強まり、興行成績だけでなく作品の多様性が失われかねないと懸念する声が高まっています。そんな年だからこそ香港を応援する立場からデモの映像を記録する作品や現在の香港が抱える課題を見据えていく作品が注目されたのでしょう。では今年のアジア映画はどんな年になるのか。伝統を守りつつ強いだけでなくしなやかな目で新たな道を見出すのか、私も注視していきたいと思います。
<2021年 私のアジア映画ベストワン>投票結果 ①『少年の君』(デレク・ツァン監督監督、香港・中国) ②『瀑布』(チョン・モンホン監督、台湾) ③『レイジング・ファイア』(ベニー・チャン監督、香港・中国) ④『理大囲城』(香港ドキュメンタリー映画工作者、香港) ⑤『我が心の香港 映画監督アン・ホイ』(マン・リムチョン監督、香港)