第778回「『擬音』のワン・ワンロー監督に聞きました」
映画には効果音が欠かせない。通常はスタジオで人工的に音を作るが、予算が足りないときやデジタルでも作れない音の場合は職人が想像もつかない道具や技を使いまわして生の音と変わらぬリアルな音を作り出す。このような音のことを台湾では「擬音」といい、映画に命を吹き込むこれら職人はフォーリーアーティストと呼ばれている。中でもこの道40年のフー・ディンイーはレジェンドとして扱われるほどの技術を持つ。彼にフォーカスした本作品はそのまま台湾映画史としても見ることができるドキュメンタリーだ。以下は11月にオンラインでインタビューしたやり取りである。
ーーーーこの作品は自分がやるしかないと強烈に思われたそうですが、きっかけは?
ワン・ワンロー監督 「私じゃないとこの映画を作れないとは思いませんでした。この映画が撮れたのはご縁があって、たまたまフー師匠とお会いすることができたからだと思います。師匠の人生が実際にあって興味を抱いたことや、台湾ニューウェイブの登場で台湾映画もホウ・シャオシェンやワン・トン、エドワード・ヤンらが音を大事にし始めたことにも関心を持ちました。生まれた時の子牛がトラを見ても怖いと思わないのと一緒で、私も師匠に出会って、自分も作りたい撮りたいという思いが高じ、怖いもの知らずで、このような作品を撮ることができました」
ーーーー監督はフーさんの技術にほれたのか、それとも人柄、あるいは両方だったのでょうか?
ワン監督 「両方だと思います。フーさんの技術と人柄は一体となっていて、このようなキャラクターの人がいるんだと驚きました。擬音の技術は特殊だと思います。この職業を描けば映画の裏側がどういう風になっているかを見せることができます。世の中にはこんな専門職があると紹介することもできるし、たくさんの人が黙々と働いていて映画の完成に多大な貢献をしているんだということが映画を見ればわかります」
ーーーーところで監督が一番気に入ったのはどんな道具でしたか?
(笑いながら)監督 「好きな機材ということではありませんが二つ心に残ったことをご紹介します。一つは師匠がセロリを使って指がポキッと折れる音を出したことは非常に印象深いものでした。もう一つは師匠がご飯を食べる音を出す際のことです。監督は朝自分の家からお弁当を持ってきましたが、その中身は昨晩の夕食の残りでした。食べるときに歯がぶつかったりする音もそのまま出ています。それらは腐っていてもう食べられるものではなかったのに彼は一通り食べて音を作った後に吐き出しました。これはびっくりしました。やさしい人柄で台湾人の苦労に耐える精神も持っている。そういう忍耐力がこのシーンでよくわかりました。海外でこの音を出そうとすれば食べるものを買ってきてやればいいのに彼はもったいないと言ってお金をかけません。わたしはすっかり感心してしまいました。
ーーーー「戦争の音は全部吹替だった」という話もおもしろかったです。
ワン監督 「昔は撮影にフィルムを使っていたので同時録音ができませんでした。そのためにそれに代わる音を作るが必要があったのです」
ーーーー作品の中で「映画に命を吹き込む」とどなたかがおっしゃっていますが、制作現場で擬音を工夫して作り、それを本物らしく聞こえるようにしていく作業はまさに「映画に命を吹き込む」という言葉がふさわしいですね。感動しました。
ワン監督 「ありがとうございます」
ーーーー映画の中で『地獄の黙示録』に触れた部分がありましたが、それはこの名作があなたの映画人生に影響を与えたという理解でよろしいでしょうか?
ワン監督 「いまの質問の趣旨がよくわかりませんでした。『地獄の黙示録』がどう影響を与えているかというのは、生き方についてですか、それとも作品への影響のことでしょうか?」
ーーーー映画作りについてです。
ワン監督 「この作品についてですか?」
ーーーーはい、今回の作品にです。
ワン監督 「この作品を撮るときに北野武監督の作品をたくさん見ました。編集や音の使い方については名前を憶えていないのですが、フランスのニューウェーブの影響受けました。あと日本の1960年代では小沢茂弘監督に影響を受けました」
ーーーーどういう影響を受けましたか?
ワン監督 「たとえば小沢監督は音の使い方が非常にドラマにプラスの働きをしていました。一方音が目の前のドラマとかけ離れていることもあります。具体的に言いますと賭博をするところ。ばくちの場面で男がサイコロの入ったコップを振っている。サイコロの音と場面の音はそのあとぶつかり合うあうのですが、サイコロの音がすごく雰囲気を醸し出すのです。観客は映像を見ながらこの後彼らの人生が決まるということを想像させるんです。監督の映像と音の使い方が本当に細やかで計算しつくされていると思いました。これを見て私は反省しました。私もちゃんとやらなきゃと」
ーーーー台湾映画で『台湾、街かどの人形劇』という作品があります。一番弟子は女性でした。今回の作品でも女性が一番弟子のように活躍しています。台湾にはそういう風土というか習わしがあるのでしょうか?
ワン監督 「そういう習慣はないと思います。師匠と弟子の関係ですね。徒弟制度ですね。どちらかといえば男性同士が多いです。この種の仕事は体力が必要なので一般的には男性の弟子のほうが多いと思います。フー師匠はお弟子さんがいません。たまたま3年間修業したようですが滅多にないことです。だから今回の私の作品選びでは映画の仕事を選ぶことがある程度ポイントになったのかなと思います」
ーーーー効果音は映画発祥の地ともいわれるハリウッドが先行し、世界に広がったと思いますか?それとも同じアジア同士で工夫しあったり情報交換したという点でアジアも頑張ったと思いますか?
ワン監督 「この質問は複雑な要因を含んでいます。単に予算が多い少ないっという問題ではないでしょう。また少なければ少ない予算をどうやって分配するか。例えば音の部分で数が足りなければフォーリーがつける。ポストプロダクションので段階でのフォーリーや音楽など多岐にわたっている。ですからそんなに複雑に作る必要はないです。ということは予算がなくてもいいものは作れるということです。一方で宇宙や恐竜、アニメといったものは音は重大な要素になります。そうすると予算も大きくなるし作るものも豊富になってくるので、予算だけでは決められません」
ーーーー次回作品は?
ワン監督 「今回の作品は6年前のもので、次の作品は2020年にある漫画家(鄭問=チェン・ウェン)の映画を撮りました。3本を立て続けに撮りました。で、今の質問は、この時点でつぎの作品はと聞かれたんですね。ならばまだ撮りたいテーマが見つかっていない。でも遊んでいるわけではなく他の監督の作品、生態系の作品を手伝っていて、それは蝶蝶のお話です。私はポストプロダクションの監督として編集を担当しています。私自身は劇映画も取りたい。いま素材を集めたりテーマをどうしようかと考えているところです。
本作は第30回東京国際映画祭の「台湾電影ルネッサンス2017」で上映。それから6年後の11月19日より新宿K’s cinema ほか全国順次公開 【紀平重成】